浅く眠っているクロコダイルさんに跨って、左手を頬に伸ばした。顔にかかった髪をすうと撫でて払うと、寝ているのにも関わらず寄った眉間が見えて笑みが零れる。


「起きてくれないと、悪戯しちゃうぞー」


言いつつ、右手で持っていたペンのキャップを外す。

ぷくく…!クロコダイルさんの額に…そう、例えばだよ?例えば"肉"って書くとするでしょ?普段鏡なんて見ないクロコダイルさんのことだからきっと、気付かない!気付かないに決まってる!そしたらとってもおもしろいことになるわ!



「れっつ、いたず」

突然ぬっと延ばされた腕に驚く間もなく後頭部を押さえられて、次の瞬間には気だるげな彼との距離はゼロになった。息をもつかせぬそれのお陰で握っていたペンがぽとりと落ち、シーツに黒い点をうつ。



「んー…ふ、ふは」
「朝から盛るんじゃねェ」
「はあ…!?それこっちの台詞なんですけど」
「テメェが悪戯するとかぬかしてるからだ」
「クロコダイルさんが言うとえろいです!」
「知るか」


せっかく起こしに来てあげたのになんて仕打ちだ!涙がでそうだ。
さっきの余韻でまだふわふわ状態だけど、とりあえずベットから下りようと体をずらした。

「どこ行くつもりだ」
「げー!離してください」
「言え」
「…ごはんです!ランチ食べにいくんです」
「ここで食え」
「…ふふふ。いいですか?Mr.クロコダイル」


わたくしは今日お仕事お休みなんです。だからゆーっくり街へ赴いてお買い物したりジェラート食べたりするんです!
言いきったらクロコダイルさんは笑みを深めた。


「なら何ひとつ問題はねェ」

「え」
「お前は今日この日をまるごと俺へ捧げろ。いいな」
「な、なな!」
「…テメェの誕生日くらい覚えとけ」
「え、あ……そうだった!じゃあ尚更ここは私の意見を優先すべきじゃ、ぐわ!」


クロコダイルさんに腕を引かれてベットへダイブ。もがく私はするりと違和感を感じて左手を見つめた。あ……ああ!

「仕事が"休みになった"んじゃねェ。俺がそうさせた」
「ク、クロコ」

唖然呆然としているわたしを冷たい唇で再び黙らせると、クロコダイルさんは優しげに目を細めた。どき、高鳴る心臓。相変わらずその顔は体に悪い。それに加えて次に来るのは彼らしからぬ甘い殺し文句だってんだから

(何時だってほんとうに、まいってしまうんだ)

私は薬指にはめられたシルバーをそっと眺めながら、溜息を吐いた。どうやら生涯、わたしがこの人に勝てる日は永遠に来ないらしい…。あーあ、まいっちゃう、ほんと。

上司の思惑
(丸一日と言うからには、丸一日相手をしてもらわねェとな)
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