ヴァリアーの制服の上に淡いピンク色のフリル付きエプロンを身にまとった私は台所で仁王立ちになった。自分でもこの状況がいかにシュールであるかは理解しているつもりだ。ただ、今ここで諦めるわけにはいかない。私は非常に燃えていた。燃えたぎっていた。


「なあ、なまえの奴何してんの」
「いえね…何でも、将来ボスのお嫁さんになった時の為にお料理の勉強をするんだとか」
「え。死人出んじゃね?」
「とりあえず台所一帯には立ち入り禁止網を張っといた方がいいわね」

入り口でコソコソと失礼な事を言いあっているベルとルッスーリアに包丁を投げつけておいて、私はさっそく準備に取り掛かった。
「まず手始めにケーキをつくろう」
「入るぞぉ」
「あ、スクアーロ。任務お疲れ」
「お゛う」

目の下にクマを作って現れたスクアーロ。書類で徹夜明けの末にAランク任務を託されるというザンザスの酷い無茶振りに応えてきた彼に流石に同情した。

「どうしたの?」
「あー、糖分摂取だぁ」
「!…そ、それなら」

私が今からケーキ作ってあげるよ!と言いかけた。しかしスクアーロはひどく気だるげに冷蔵庫を開けたかと思うと卵と牛乳を取りだし、勝手知ったる様子でキッチンから小麦粉や砂糖など探り当てて、あれよあれよという間にそれらすべて混ぜ合わせ火にかけた。均等サイズに焼き上げられたのはホットケーキ。
全て目分量のくせにきっと美味しいと思われる。

「、な」

焼き上がったそれを4枚ほど重ねて皿にのせ、一切れのバターとメープルシロップを適量かけたスクアーロは眠そうに片手を上げた。

「邪魔したなぁ」
「いや待てェェェエエ!!!」
「あ゛?」
「お、おま、おま、…家政婦か!!」
「何言ってんだ」
「どうかこの私めにもその秘伝のスイート制作技術を伝授していただきたく存じまするううスクアーロ殿おぉぉ」
「誰キャラだ。そして断る」
「なにゆえっ」
「食って寝んだ俺は。邪魔すんなぁ」

出て行こうとするスクアーロの腰にしがみ付いてお願いすること10分。スクアーロがやっと折れた。
「ありがとう!ありがとう、スクアーロ!」
「…はあ」
「しししっ王子も参戦ー」
「げ、ベル。邪魔しないでね」
「分かってるっつの。ししし」
「つーかルッスーリアに教えて貰えばいいじゃねぇか」
「ルッスこれから任務らしい」

こうして私達の「ラブリーケーキ作っちゃお計画」は始まった。これは後々「ヴァリアー邸キッチンの乱」と名前を変えて、語り継がれていくことになる。

(う゛お゛ぉおおい!!こんなん着んのかぁ!!断固拒否だぁ)
(いーじゃん別に誰に見せるわけでもねーし)
(隊服汚れていいなら別にいいけど)
(もともと血まみれだぁ)
(血と小麦粉とじゃ印象だいぶ違くね?スク先輩なめられるよ)
(…!!)




「う゛おぉい!テメェ等何から何まで雑すぎんだろぉ!」
「え、王子意味わかんねーんだけど。何で卵を白と黄色にわけなきゃなんねーの」
「しかも卵黄2個で卵白3個て……黄色いの1個どこいった!!」

ヴァリアー隊服の上にルッスーリアから借りた、言わずもがなフリフリなエプロンを纏った幹部三人の姿を見て、通りがかった平隊員は悲鳴を上げた。


「ここで薄力粉60gだ」
「60グラム?それって人間の頭何個分くらい」
「んー、ガキの1つくらいじゃね?」
「てめぇら物騒な数え方してんじゃねえぞぉ!!」

メイドも悲鳴を上げて逃げた。


「塩ひとつまみ」
「…」
「…」
「そりゃ一掴みだ!!真面目にやりやがれぇドカス共ォ!」


結局ケーキをオーブンに入れたのは予定時間を大幅に回った午後5時で、スクアーロは寝ると言ってキッチンを出、ベルもどこかへ遊びに行ってしまった。
「早く焼けないかなぁ…」
オーブンの前に肘をついて変化の無いケーキを眺める。見る見る間に膨らんできてくれたら楽なのに。
心でぼやきながら目を閉じる。
(…ちょっとだけ寝よう)

起きた時、きっとケーキは完成してるはずだ。
私はそっと目を閉じた。





――ガバッ
「今何時!」
「るせぇ」
「え、ザンザス…!?」
「てめえは常時寝てやがるな」

私の傍の椅子で足を組んで座っているザンザスを凝視する。彼の背後には山のように積み上がった洗い物。床に飛び散った小麦粉。…思い出した。

「ケーキ!!」

ばっとオーブンを開けると、ふっくら焼き上がったケーキの姿。
感動に目を潤ませていた私はある事に気付く。

「…あれ?」

丸井ホール型に焼けたケーキの一角がすでに何者かの手によって千切り取られていた。
私はぱっとザンザスを見る。
赤い眼が、きまり悪そうに一度瞬いた。

「…腹が減ってたんだ。悪ィかドカス」
「ふふっ!べつに!美味しかった?」
「…悪くねえ」

そりゃあ愛がこもってますから
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