漆塗りの値の張りそうなテーブルをはさんで、静かに怒る女と、寡黙に口を閉ざす男。片やレインベースで酒場を営む女主人・なまえ。片や王下七武海・サークロコダイル。軍配は、女に上がりつつある。 「“お前の望むものを、俺は何でも手に入れてやる”」 「………」 「私があなたとの結婚を決めた時、あなたこう言ったわよね」 「…………ああ」 「私が何て返したか覚えてるかしら」 クロコダイルはテーブルの上で組んだ手の上に額を乗せ、何か救済の処置はないものかと頭を巡らせた。その間にも、二人の間には揺るぎない沈黙が流れている。 「………………忘れた」 「嘘おっしゃい」 「覚えてねェ」 「へえ、そう、しらを切る気ね。じゃあ教えてあげる」 なまえは身を乗り出してクロコダイルに顔を近づけた。 「“望むものなんてなんにもないわ。あなたが私と暮らしてくれるなら”――よ」 「………だから、暮らしてるじゃねぇか」 「同じ場所に住んでるだけのことを暮らすとは言わないわ」 「なまえ、勘弁しろ。俺は忙しい」 「国盗りと私、どっちが大事なの?」 クロコダイルはいよいよ口を閉ざしてしまった。 彼と言う男を知っている人物が聞けば、それは愚問であった。なぜならクロコダイルは、目的の為なら手段を択ばす、また仲間との信頼や友愛なんてものは無用の長物と一蹴してしえるような男であったからだ。 しかしまた、なまえという人物を知っているものからしても、その質問は愚問だった。 常に凛と前を向き、 物事を見つめ、人を見つめ、 信じるに足るものを彼女は常にその目で見定め続けてきた。 自分がこれと信じたものは何があっても貫き通す。 王下七武海を相手にひけを取らないのも、彼を肩書きで無く、クロコダイルという一人の男として見つめているためであった。 「………はぁ、分かった。悪かった」 クロコダイルもまた、彼には本当に稀なことだが、彼女のその芯の強さに強く惹かれ、かくかくしかじかあってようやくの思いで彼女を手に入れた。――今日はその矢先のことであったのだ。 諦めたように脱力したクロコダイルは、渋々と言った様子で腰を上げる。 「俺はどうすりゃいい」 なまえは怒りの表情から一転、満足げに口元に弧を描き、彼の大きな手のひらを両手で握った。 「あなたの今日一日を私にちょうだい。」 「あ?何をする気だ」 「新婚生活よ」 なまえに手を引かれ、クロコダイルはアジトの西側の一室。なまえと二人暮らす大部屋に足を運んだ。 ここには寝室は勿論、バスルーム、キッチンやダイニングなど、暮らすのに不自由ない設備がある。それは、エージェント他バロックワークス社員がうろつくアジト内をなまえに歩かせることに不満を覚えたクロコダイルの采配だったが、当の本人はこの部屋をほとんど使っていないという現状だった。 「だって、クロコダイルがいない部屋に一人で居たって退屈じゃない」 そう言われてしまえば口を噤むほかない。 「夕方から夜は酒場に居るし、この部屋は殆ど寝るだけにしか使ってないの。どっかの誰かさんも滅多に帰ってこないしね?」 挑戦的ななまえに、クロコダイルは不機嫌そうに眉をしかめる。 「しつけぇ。さっき謝っただろうが」 「あらごめんなさい…。だって、寂しかったのよ」 なまえが口を尖らせるとクロコダイルの顔から不機嫌の色が消えた。彼もまた、案外単純なものである。 「なまえ…」 「さ!じゃあクロコダイルはお洗濯からやってね」 「は?」 「これとこれは手洗いで、色がうつっちゃうからこっちは別で洗ってね。シーツとその他は一回で大丈夫よ」 「おい待て……この俺に給仕仕事をさせる気か…!?」 信じられないものを見たかのように目を見開くクロコダイルを、なまえはきょとんと見つめ返す。 「当たり前じゃない。家事分担は夫婦の基本でしょ?」 「……」 「私はその間にお掃除とお昼ご飯の支度をしちゃうわね!」 家事……俺が家事……?? 山のような洗濯物を抱えて茫然とするクロコダイルの頬に、なまえは唇を押し当てる。そのあまりに突然のことに、クロコダイルは少しの反応も返すことが出来なかった。ただ目を見開いて、悪戯に笑む彼女を見つめる。 なまえは心底嬉しそうに、愛らしい言葉を溢した。 「サボっちゃだめよ?あなた」 惚れた欲目に打つ手なし (おい……乾燥もかけてやったぞ) (ありがとう。あなたの能力って意外と家庭的ね) ×
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