キッド、私犬飼いたい。



「……なまえ、来い」

こいつの言うことはいつも唐突だ。だがその唐突な発言にはいつも理由があった。
――ただ、言葉数の少ないこいつからそれを聞き出すのは少し骨が折れる。



「海の上じゃ犬なんざ飼えねェ。分かるだろ」

俺の後をついて部屋まで来たなまえは、俯いたまま扉に背をもたれかけていた。

「第一、そんな弱ェもんを船には乗せられねえ。邪魔になるだけだ」
「……私も弱い」
「お前は弱くても俺がいる」


なまえは翡翠の、何処までも深く澄んだ色の目を俺に向けた。
頭ごなしに否定する俺を非難するわけでも、理解を求めようと縋る目でもない。こいつはいつも、純粋に、俺を見る。


「……なまえ、来い」

素直に俺に近寄ってきたなまえをベッドに座らせる。俺は隣で、いつものように言葉を探して口をつぐむ。
いつからだ。なまえと同じように言葉に意味を持たせたくなったのは。
口数の少ないこいつから生まれる言葉の全てに、いつも、なまえの思いや願いが含まれていると気が付いた時からか。


「一人になりたくねェのか」
「……」少しだけ瞳孔が開き、なまえは間もなく頷いた。
「…俺はいつもお前を傍につけてんだろ。戦闘の時も、上陸の時も」
「寂しくない

ただ、少し怖い。」

なまえの口から零れた言葉に、今度驚かされたのは俺の方だ。ぽつぽつ、なまえは思い出すように、話し始めた。


「この前の、戦闘の時……キッドが死ぬかもしれないと、思った。でも、キッドは笑っていたから」

「腕を取られてもまだ笑っているから」

「キッドは、戦って死ぬんだと……いつか、そうなる気がして」

気付くと、なまえは俺のコートの袖をきつく握っていた。
(ああ……そうか)
なまえはいつも俺の、左側にいたっけか。何かを懸命に伝えようとしている時、そういえばいつも俺の手を掴んでいたな。


「あの戦闘で、私は何もしてなかった」
「お前が殺った敵もいただろ」
「……私が守ったのは私だけ。キッドは、クルー全員の命を、私の命を、守りながら戦った」
「それが船長だ」
「それが、こわい」

「キッドは、キッドのことも命がけで守らなきゃだめなのに」


青ざめた顔で告げたなまえは今にも泣き出しそうだった。
引き寄せれば、一瞬突っぱねた腕を払って無理やり腕に閉じ込める。(ああ、くそ)

「……犬は弱いから。」
「ああ」
「………守る練習をしようと思った。キッドの一番、近くにいるのは、私だから」


なまえが息を吐いた。
やっと安心できた、そう言わんばかりに、深く。
(ああ、くそ)

愚かしさに勝る一粒
片腕じゃなきゃ、もっと強く掻き抱いてやったのに

1563652hit 言葉足らずな女の子とキッド
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