僕となまえの出会いは中庭。季節は春だった気がする。
「う、ひっ……く」
その日もあいつはバカみたいに泣いていた。(バカみたいに、というのは、バカみたいに大声を出して泣いていたという事じゃないぞ。ーーバカみたいな理由で泣いていたんだ。)

「おまえ、スリザリンの一年生だな。こんな所でどうしたんだ」

当時二年生だった僕は、少し大人びた気持で、気まぐれな親切心を大いにひけらかしながらそう訪ねた。
「う、っく……わ、わたし」
驚いたのは、少女の顔立ちの愛らしさ。くりんとまあるい二つの目が、涙できらきら光っていたこと。それと、
「わた、し……グリフィンドールがよか、ったの」

スリザリンのネクタイを握りしめながら、少女はしくしくとまた涙を零す。
スリザリン寮に入れたことを誇りに思い、我らの寮がいかに気高いかを豪語して回る僕にとっては、彼女の言葉は信じ難く、同時に受け入れ難い。つまり僕は一瞬で彼女が嫌いになった。

「なんて恥知らずな奴なんだ。お前、名前は」
「…なまえ」
「なまえね、どうせマグル生まれの出来損ないだろ」

精々スリザリンで孤立した日々を送れば良いさ、悪味を込めてその場を去った。一度振り返った時、なまえは僕の言葉に涙を流してはいなかった。
その後、何故か彼女のことが気にかかって父上に訪ねると、なまえは純粋な魔法族の家系の生まれだと分かった。僕と同じ、高貴な家柄。(それなのに、どうしてあんな出来損ないの寮を望むんだ)


その理由がはっきりしたのは数日経ってからのことだ。僕の天敵とも言えるハリー・ポッターと、なまえが廊下で話しているのを偶然見てしまったのだ。

大丈夫だよ、なまえ。寮が違っても僕らはずっと友達だよ。ホグワーツに入学する前もそうだったじゃない。


奴にそう告げられた時のなまえの顔は、喜びに満ちていた。

「お前、ポッターが好きなのか」
その日のうちに、僕はなまえに問い詰めた。なまえはあっさり頷いた。
「そうなの、私ハリーがすき。」

いちばん好きなの!


彼女のとびきりの笑顔が僕に向けられたのは、この時が最初で、最後だった気がする。






それから数年経っても、僕らの関係は険悪なままだった。彼女の気性の所為だろうが、スリザリンでも他寮でも、なまえの存在は浮き上がる事なく認められていた。
「やあ、なまえ。相変わらず女らしさの無い事だな」
「余計なお世話だよ、ドラコ」
お互いをファーストネームで呼び合う事に大きな意味は無い。
「君も家柄の為に身なりを整えた方がいいんじゃないか?寝癖がたってるぞ」
「いーの!ほっといて!」
広間へ向かうのだろう、前を歩くなまえの後頭部にぴょこぴょこ跳ねる寝癖が気になって、僕は思わず手を伸ばした。

「あ!」
小さく声をあげたと思ったら、なまえは急に足を止めた。手櫛で髪を数回撫でてぱっと駆け出す。(ああ、なるほどな。)

「ハリー!」


あいつは、いつも僕の嫌いなあいつばかり見ているんだ。


「馬鹿な奴」







中庭は僕の中で、たった唯一知る、あいつの泣き場所だった。


「お前ら、今から僕はここで人と会う用事がある。キスならどこかもっと人のいない所でやってくれ」

名も知れぬハッフルパフのカップルをそう言って散らし、僕はその場に腰を下ろした。
人と会う約束なんてしていない。
だが、あいつがもしココへ来るかも知れないなら……って何で僕がこんな事しなきゃいけないんだ!
「ばからし、」
「ドラコ…?」
「……」
目のふちを赤くさせたなまえが現れた瞬間、やっぱりな、と思うと同時に安心した。馬鹿らしい。

「何でこんなとこにいるの…」
「……散歩」
「散歩してないよね。雪降ってるし」
「…お前を笑いに来たんだ。ポッターにフられて、さぞかし惨めだろうからな」
「……ドラコ」
そうだ、僕が人払いをしてまでお前を待ってたのにはそういう理由がある!フフンと笑うが、どうしてかなまえの顔は見れなかった。

「ドラコって、本当に私の事が嫌いなんだね」
「……ああ、大嫌いだ」
「じゃあ今、私が泣いたら嬉しいのかな」
「嬉しいに決まってる。だってお前は頑固で意地の張った可愛くない後輩だからな」
「どこかに行ってくれない」
なまえの声は震えていた。
「わたしいま、けっこう頑張ってるよ。だから、ドラコの意地悪…少しきびしいよ」
「知ってる」


座ったままなまえの手を引くと、彼女は簡単に倒れ込んできた。驚くように息を飲んだのを直ぐ傍に感じて、僕の心臓だって飛び出しそうなんだと、誰にとも無く言い訳をした。

「泣いてもいいぞ」


僕が笑ってやる。
君の馬鹿げた涙の理由なんて笑い飛ばしてやるとも、そうさ、大体ポッターなんかのどこがいいんだ。君の傍にはもっと良い男がいるのに。…たぶん。

「…っ……、は…リ、ぃ」

なまえは昔のように、大きな瞳からきらきらと涙の雫を落として泣いている。でも悪いが、僕は喜ばすにいられないんだ。

ようやく、君の視界に、ほんの少し存在を差し込めたんだから。

(弱ってるところにつけ込むのは卑怯だって?)
馬鹿言うな。

「はやく、好きになれ」

卑怯者の戦
1508051hit ヒロインを振り向かせたいドラコ
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