響く銃声、轟く怒号、耳を劈く断末魔。満ちる硝煙と鉄錆のにおいが身体を侵していく。
 その感覚はまるで、煙草を吸う時のそれと似ていて。ああなんだか無性に今、口寂しい。

「なまえ大佐、奴らが来ました!火拳と麦わ、らぁっ…!」

 部下の報告が途絶えたと同時に、眼前を囲っていた人垣がみるみるその数を減らしていく。構えた刀は跳ね飛ばされ、打ち込んだ銃弾は的外れなところで爆ぜている。
 その光景を前にしながらも、軍服の中からシガレットケースを取り出した自分を、部下たちの揺れる瞳がただ見ていた。
「火、火は…っと」
 はて、ライターはどこに入れたか。ポケットをまさぐっていると小ぶりの砲弾が私の横を掠めていった。寸前でするりと右に体重を傾ければ、少し先で地に落ちたのか標的を打ち抜いたのか、弾は大きく火柱を上げた。おかげで辺りは先程よりも煙が立ち込めて、ついでに部下たちも散り散りになってしまった。

「大佐、大佐ご無事ですか!」

「あぁ、無事だよ。みんな、自分の身をまもることだけ考えな」

 影も見えない部下の声に返事をすると、彼らの戸惑った気配が伝わってきた。その様子に私は少し苦笑して、ふたたび煙草の火種を探した。


「探しもんはこれか?」


 からかうような声音とともに、私の目の前にボッとひとつの火が点る。別段驚くでもなく私は「あぁ、そうそう」なんて言って息を吸った。

「ありがとう、助かったよエース」

「ほんとわけのわからねェ女だぜ、なまえ。普通吸うか? こんな状況で」

 頬のそばかすをひくりと歪ませながら男が言った。私はそれに片方だけ口角を上げて答えた。
「こんな状況だからこそ、だよ」
 まだまだだねぇ、と端正なお顔に煙草の煙を吹きかけてやると、彼が次にひくりと歪ませたのはこめかみの青筋だった。
「こっの、可愛いげのねえ…」
「はは、可愛げなんてものを私に求めるのがそもそもの間違いだよ、君」
 軍の狗で人間兵器さ、私は。

 そう付け足して言えば彼は、いままで見たどの表情よりも慘痛な顔をしてみせた。そのことに私は少し呆気に取られたので、呑気に煙草の灰を落とす風を装って彼の言葉を待った。
「お前が…軍の狗なら、おれは白ひげの狗、ってとこかね」
 それでも構わんが、と。これまた見当違いなことをさらりと言ってのけた彼が私は気に食わなかった。そんな腑抜けたことを言う男を、私はずっと追ってきたわけじゃない。見事な救出劇を見せた今の今でそんな発言をする男のために、私はこの戦争に参加したわけじゃない。

 むかむかと込み上げてくる悔しさともなんとも言えない感情が私のポーカーフェイスを崩れさせる。それからすっ、と。「?!」彼の首元に獲物を突き付けて。


「どうも私の知っているポートガス・D・エースは、まだ救い出されていないらしい」


 少し手を引けばつつっと、彼の首に切り傷がひとつ、増えた。なんて呆気ない。

「………」




 数瞬か、数秒か。
 見合った果てに先を取ったのは彼だった。「?!」驚いたのは私で、不意に奪われたのは銜えていた煙草だけじゃなかった。
「っ…エー、ス、」
 私の突き付けた切っ先をするりと抜けた彼はまるでさも当然のように私と体温を重ねた。薄い皮膚と皮膚とが触れ合ったそこから、彼の少し高い熱を感じた。ともすればその力強い生命力に、声も、言葉も、思考も、私のすべてが奪い取られてしまったのだ。

 そしてその永遠にも似た一瞬が、やはり彼によって終わりを迎えられ。


「馬鹿言うな、おれはここにいる」


 私の頬を滑った彼の手の感触と彼の熱と彼の笑みを私は、私はこれからも追い続けるのだろう。


「…そうこなくちゃねェ」
 今度込み上げて来たものは少しくすぐったくて、しかし身体中を漲らせる程の感動だった。溢れ出るそれを抑えきれずに自然と笑みが零れ出て、私は気の抜けた身体に力を込めた。
 銃声、怒号、断末魔。辺りを震わせるそれらが鮮明に感じ取られる頃、ちりっと刺すような熱い風が吹いた。

「お喋りはここまでにしようか」

「あァ、そうだな。弟が、――家族が待ってるんでな」

 ゆっくりと間合いを取って、改めて向き直る。目の前の男の瞳は太陽のように燦めいていた。その瞳が好きだった。その瞳に映る間だけは自分が、人でいられる気がした。人として、ひとりの人間と対峙して生きていた。


「――もし、」

「…?」

 もし私たちが違う場所で出会えていたら、と。
 おとぎ話のようなささやかな願いが思わず口をついて出た。私も彼のことを言えたもんじゃないとかぶりを振った。私は海軍で、兵器。彼は、倒すべき海賊(てき)。それがいつだって現実だ。
 そう思い直して初撃を与えようと一歩踏み出した時、右手に火を纏わせた彼が自信に満ちた声で言った。


「そうなってもお前のこと、奪い取ってやるよなまえ。
 なんせおれは、海賊だからな」
オー!リバル
さァ、はじめようか
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