やっと、やっとだ。
長かった(気持ち的に)期末テストを終えて、テスト返しも終えて、目前に、そう、このLHRが終わればもう愛しの夏休みなのだ!

宿題ちゃんとやれよー、夏休み明けには実力テストもあるからなーなんて絶望的な担任の声は聞き流して、心を踊らせながら帰り支度。部活もなく、嬉々としながら友達と帰り、その途中で増える約束にまた嬉しさがとまらない。浮かれたテンションで途中のコンビニに入り、アイスを買って、食べながらまた夏休みの話をして騒いで。

そうやって始終にこにこしながら帰ってきたはずだったのに。

家の前に停まっている、外車。なんだか、嫌な予感がして来た。

「おかーさーん、ただいまー」

なんてことは言わなかった。インターフォンも押さなかった。自分で持っている鍵で、出来るだけ音がしないように家に忍び込んだ。自分の家なのに!そんな文句は心にしまう。面倒ごとに巻き込まれるよりはマシだからだ。

そうっと、そうっと、階段までようやくたどり着き、一段目に足を乗せたときだった。

「よう、なまえ。早かったじゃねェか」

やっぱりそうだ。嫌な予感は当たっていた。くそう、何でこんなタイミング悪く…!!

「おい、久しぶりなのに挨拶もなしか?」
「何でうちにいるの」
「なんで、って、久々に帰って来たからおばさんに挨拶しに」

遠くの医学部に通う三つ上の幼馴染は恐ろしいほどうちに馴染んでいる。
何故か。それは私の母親がこいつに対して甘過ぎるからである。

「ああそう、じゃあ私に用はないよね。偉い私は宿題するから、じゃ、」

と階段に向かう私の手はあっさりと捕まってしまった。ほんとやだ、こいつが帰ってくると本当にろくなことがないんだから!

「馬鹿か、お前を借ります、って挨拶だよ馬鹿」
「馬鹿って、馬鹿って二回も言った!信じられない!」
「馬鹿だろ、お前は正真正銘の馬鹿だ」
「…こンの、人の皮を被った悪魔めェエ!!」

そいつは何とでも言えと吐き出すと、じゃあお母さん、お借りしますね、なんて女ならくらりとくるようなとろける笑みを浮かべて私を引きずっていく。連れ去られる場所はもちろん外に停めてあった外車の助手席で、ご丁寧にシートベルトまでしてくれて、それを外す間もなく車を発進されてしまった。

「なんだ、ご機嫌斜めだな」
「誰のせいだと」
「フフ、そう噛みつくな。いいところ、連れて行ってやるよ」
「とか言って、……ホテルとかじゃないだろうね」

付き合っているわけではないけれど、この幼馴染がここに住んでいたときの手の早さは知っている。何人切りではないけれど、人間のすることじゃない…!と思った私はそのときから悪魔というステッカーをこいつに貼ったのだ。

「なんだ、手ェ出されたいのか?」
「出してみなよ、その手へし折ってやる」
「そうだよ、お前、空手なんて物騒なもん習いやがって…!」
「黒帯で、下手に喧嘩しちゃいけないからと言って、正当防衛なら仕方ないですからね!」

ふふん、と笑ってやった。ざまあみろ、こちとら防御は完璧じゃ!
なのに意外と余裕の残っている横顔がむかつく。

「まァもともと、力ずくってのは得意じゃねェからな」

ちらりとこちらを見ながら言うロー兄をじと目で睨む。それにすらうっすら笑って返すのだ。

「おれにはおれの、得意なやり方ってのがある」

というか、そもそもこの話関係ないだろ、私。だってほら、近くに住んでた時も狙われたことなかったし、手出されたこともなかったし、ロー兄の好みはもっとこう、色気のあるタイプだから私は当てはまらない。だから、興味もなくて、「あ、そう」とだけ返しておいた。

「ところで、どこに行こうとしていらっしゃるんですか」
「なんで敬語。気持ち悪ィ」
「ほんとに気持ち悪い感出して言わないでよ!失礼!ものすごく!」
「ばーか、冗談に決まってんだろ」
「冗談じゃなかったらとんでもないわ」

こうやって見事にはぐらかされて、結局教えてもらえない。くそ。私の馬鹿野郎!
だんだん空も暗くなってきた。道も、人気のない、森だか林だか山の中だ。これはいよいよ、拳を振るう時が来たのか。

と思ったら、突然現れた建物の駐車場に車を停めた。

「………なにここ」
「レストランだが」
「ほんとうに…?」
「食いたくないならいい」

食べ損ねるわけにはいかない。もうあたりは真っ暗、ご飯を食べる時間ぴったりか、ちょっと過ぎたぐらいだろう。だから何かというと、お腹がすいた。

恐る恐る、ロー兄の後をついていく。
ドアを開けられ、レディファースト、とでも言うように促される。本当に信じて平気なんでしょうね、という目でロー兄を見ながら通り過ぎた。

「ちゃんとレストランだろうが」

呆れたロー兄の言うとおり、レストランだった。少し古い感じがまた、趣のある、洒落た雰囲気を醸し出している。
ところどころに掛けられた絵が、また美しかった。

いらっしゃいと迎えてくれたおじいさんが一人でやっている店だという。老後の楽しみで、ゆっくり、のんびり、こじんまりと。出てくる料理はどれも凝っていて、とてもおいしかった。

「もう帰るんでしょ、もちろん」

おいしいご飯を食べ終えて大満足な私は、帰る気満々でいた。時間も時間だし、よい子は帰って寝るべきだ(夏休みなんだからいくら寝ても罰は当たるまい)!

それなのに、運転席に座るロー兄は、「はあ?何考えてんだよ」という顔をしてきた。

「メインはこれからだ」
「―――…はァ?時間、わかってんの?もう十時過ぎて」
「十時過ぎ、いいじゃねェか。ぴったりだ」

もう三十分ほど車を走らせると、山道を抜けて、開けた場所に出た。一面の草原。道には何台か車が停まっている。ちらほらだが人もいる。

ロー兄は邪魔にならないところに車を停めた。そもそもそんなにひとはいないけれど、それでも人気のないところに引っ張られていく。

「な、なに、そんな引っ張らなくても!」
「時間がねェから我慢しろ、よし、ほら着いたから」
「……なんなのほんと、久々に会ったと思ったら振り回して、」

ここどこだし!という言葉は遮られた。

「馬鹿、空見ろよ」
「え、……こ、れって、」

空いっぱいに、星が走っていく。流星群。今日、何日だっけ、ああそっか、今日だったんだ。

「どうせ、こんな空気のきれいな星のよく見えるところには来れないからって諦めてたから…すっかり忘れてた」

小さい時からずっと見たかった、流星群。特にこれは、何年かに一度のやつで、前にみたいなって思ったときは私もロー兄もまだ幼かった。

「…なんでロー兄知ってるの。これ見たかったって」
「中学、高校のとき、お前が一人じゃ行けないって言って、プラネタリウムに何度も付き合ってやっただろうが。そのとき言ってたんだよ」
「でも、なんでわざわざ、」

それより、ほら、と、草原に寝転がるのを促される。寝転がって、星が流れていく様に見とれた。

「……これが、おれの得意なやり方なんだよ、なまえ」
「……え、」

隣に寝転ぶロー兄に手を握られた。

「え、ちょ、っと、はい?」
「毎回ぬめぬめウナギみたいに逃げやがって…プラネタリウム行く時だけ都合よく声掛けてきて、お前の方が悪魔だろ」

いきなりのことに思考は停止した。せっかくの流れ星もまったく頭に残らない。
握られただけと思った手は、指ひとつひとつが絡むように繋ぎなおされて、これって、こ、恋人つなぎっていう、……。

「今回という今回は逃がさねェからな」

こ、れは…まずいことになった。
巧妙に隠された気持ち
(本命はずっとお前)
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