「なまえ大丈夫?顔色悪いけど」

「だ、いじょぶ」




大学に入って一番に仲良くなった友人が心配そうに顔をのぞき込んでくる
私はこの子に強く勧められて人生初の飲み会に来ていた

誘ってくれた友人には悪いがやっぱりこんなところに来るんじゃなかったとひとり溜め息を吐く
ただでさえ人見知りな私がこんな空気に馴染めるはずもなく、更に煙草の匂いと酔っぱらいが苦手ときたもんだからアルコールが脳を侵食しなくたって気分も悪くなるってもんだ





「(早く帰りたい…)」




「そいつ大丈夫か」




聞いたことのない低音が耳をついてゆっくり顔を上げると端正な顔立ちの男の人がこちらをじっと見下ろしていた



「ローくん!」

「少し外の風にあたらせてくる。お前来い」




腕を掴まれてぐいと引き上げられる
名前を呼んだのだから友人の知り合いだろうか、ひどく偉そうな物言いをする人だなと思いながら促されるまま足を動かす







「気分は」

「ぶっちゃけ最悪です」

「くくっ、正直だな」

「本当のことですから」


外の風にあたりながら呼吸を整える
春のやんわりとした夜風が肌に気持ち良く、視界を区切るうっとおしい眼鏡をそっと外した




「あんた新入生だろ」

「まあ」

「飲み会とか合コンとかの類いも初めてのクチだな」

「…それが?」

「いや」




何が面白いのか私の顔を(多分)にやにやしながら眺めるローとかいう人(多分というのは私は視力がすこぶる悪いからで、笑ってると感じたのはなんとなくだ。でも多分当たってる)
馬鹿にされている気がして先ほどとは違った意味で気分が悪い
眼鏡をかけ直して目の前の男を睨みつける



「(何なんだこの人むかつく)」

「そんな顔すんな」

「…何がですか」

「こいつむかつくって顔」

「…してません」

「そう怒んなって」

「怒ってません」

「くくっ、お前面白いな。ところで気分はどうだ?」

「大分良くなりました。ありがとうございます」

「いや、俺も丁度外の空気にあたりたいと思ってたとこだ。サンキュ」



ふ、と笑って頭をポンポンと撫でられた
普通ならその手を払いのけているところなのにそうできなかったのはローさんがあまりにも柔らかく、笑顔を作っていたから






思わず、見とれてしまった






「そろそろ中入るか。じきお開きだろ」


声をかけられてはっと意識を戻す
そうですね、と返事をして先に店の中に足を踏み入れた





「(何だ今の!)」





ばくばくと鳴り止まない心臓を両手で押さえて早々と友人の隣に座りこむ



「もう大丈夫なの?」

「うん、平気」

「良かった!ごめんね無理して連れてきちゃって」

「いや、気にしないで。私こそごめんね」



何だか本当に申し訳なくなってきて改めて頭を下げると慌てた友人とお互いに謝り合いになってすごく可笑しかった



「それより良かったね!」

「何が?」

「ローくんと喋れて!」

「は?」

「広い大学の中でも一二を争うほど格好良いって有名なんだよ!知らないの?」

「へ、へえ」




確かに顔だけは結構、いやかなり整っていたと思う
ちら、とバレないようにローさんの方を見るとばっちり視線が合ってしまった





「!」





思いがけない事態に慌てて目を反らすと全身の熱が一気に上がるのが分かった
店内の照明の加減で赤くなった顔を気付かれていませんようにともう一度ローさんの方を見ると予想通り、にやりと企んだような顔がこちらを見ていた





「(かお、あかい)」



「なっ!」





口パクだったがはっきりとそう言われ、更に顔の熱が上がる



タイミング良くお開きの合図がかかり、私は友人を片手にひっつかんだまま幹事の人にお金を押し付けるとものすごいスピードで店の外に出た


「(本当何なんだあの人!)」

「逃げるこたねえだろ」

ばっと後ろを振り向くとそこには今一番会いたくない人

「別に逃げてなんか」

そう言いかけて口をつぐむ
有り得ないほど近くにローさんの顔があった


「これ、俺のアドレス」


ひそりと耳元に唇を寄せられ心地好いバスが鼓膜に届く
背筋にぞわりと何かが走った
手に紙切れを握らせるとローさんは私から離れて無邪気に笑っている


「メールしてこいよ」


ローさんはそう言って何事もなかったかのように二次会に向かう集団に紛れていった

もう始まっていた
(当分面白くなりそうだな)
(おい見ろよペンギン、キャプテンが新しい玩具見つけたって顔してる)
(また哀れな被害者が増えるのか…)
((はあ…))
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