綺麗なまま、消えるように死にたかった。
誰にも見送られる事無くひっそり。
冷たい海底に沈み去るようにゆっくり。
がちゃりとドアノブをひねって部屋に入る。そこは予想より小奇麗で、予想よりずっと小さかった。そして想像していたよりもずっと小柄でずっと弱そうな男は、限りない恐怖を秘めた瞳を冷たくさせてこちらに向けた。
「なまえ…ほう、前科三犯ねえ」
深くかぶった帽子の陰からは、色の無い瞳が伺える。般若のような狂気じみた顔はしていない。まるで、にんげんのよう。
「全て…殺しか」
あ。ぴらぴらと手に持つ紙を揺らして口元を歪ませる姿は想像通り。
このひとが閻魔大王だ、たぶん
「地獄、だな」
下された言の葉も想像通り。
怖くはない。
自分は地獄に行くのだ、と解って今まで罪を犯してきた。
(間違っても天国になんて行けないんだろうな、程度には…だけどね)
知っていたから驚きもしない。
黙ったままの男に会釈をして、地獄へと向かった。
「待て」
その声にぴたりと、足を止める。
「どうして殺した…?」
殺した理由は今まで生きてきた中で(ああ、もう死んでるか)誰にも言わなかった。それこそ墓場まで持ってきた。
なんで今になってそんな事を聞くのかしら、聞く必要なんてないはずなのに、それに
「…聞かなくても解るでしょ?」
その紙に全て書いてあるんだから。そう続けると、閻魔は今まで自分が持っていたその用紙をこちらに向けた。白紙、だった。「では、もう一度聞こう…――――何故、殺した」
閻魔は罪が視える。
閻魔はその人間の生前の行いが全て視える。では紙は建前か。
そんな事はもう、どうでも良くなった。
「私の3歳下の妹が殺されたの。父と、母と…私に」
「…両親の虐待だ。お前は、関わってない」
何だやっぱり知っているんじゃないか、と思って少し笑ったけど。
知っていながら言わせようとする理由は解っていたから口には出さなかった。
「直接は、ね。でもそれだって、立派な罪でしょ…?」
気付けなかった。気付いてあげられなかったんだよ…私は、あの子の苦しみに。
だから、まず父を殺した。それから母を殺して、自分を刺したの。
それが私なりの精一杯の償いだったから。
きっと世間は大騒ぎだ。齢16の少女が家族全員を刺し殺したなんてマスコミが食いつきそうな内容だもの。いまごろ友達のだれかがマイクが向かって
「そんな事するような子にはみえなかった」って言ってるのかも知れない。そう考えると何だか笑えた。
「…閻魔大王、」
止めていた足を進めながら声を発する。自分の人生に後悔はない。
「人間が人間を殺した理由なんて聞いたところで仕方のない事だよ」
殺される為に生れてきた人間はいないのだから、理由は何であれ罪があるのは殺した者でしょう。私に殺されたくせに、きっと一足先に地獄で待ってる両親のことは置いておくとして。――私はふっと息を吐いて、表情をほころばせた。
「けど、ありがとう」
誰にも言わないままは結構辛い。
慰めは要らない
罪を軽くしてほしいわけじゃない、ただ
「私は誰かに聞いてほしかった」
軽くなった心は何の戸惑いも無く地獄へと向かっていった。
戯言
(私は無力か、鬼男)
(ええとても。……何もできない、無力なあなたに彼女は救われたはずです)