がやがやと人で賑わうその景色は、まさに祭一色。
米花町で行われるこの祭りには毎年多くの人が集まり、じきに打ち上げられるであろう盛大な花火を心待ちにしている。
そしてそれは、一般人に限らない。

「うっひょひょーい!!!」

「てめえ少しは黙っていられねェのか」
「いいじゃないの、今日くらいはしゃいだって」
「そうですぜ、兄貴」

組織は何故だか毎年この日だけは絶対に殺しの仕事を入れない。あの方の都合らしいが、詳しいことは誰も知らない。

そういうわけで、派手なことやイベント事が大好きななまえの提案でこの米花祭りに参加しに来たジン、ウォッカ、ベルモット。

馴れ合い断固反対派なジンもなまえとベルモットに無理やり浴衣まで着せられて連行された。
ウォッカは「着るなら甚平!」を言い張って、結局そこらへんにいるおじさんと同化している。
ベルモットは大人っぽい派手な色合いを好んで着ていて、女の私から見てもすごくキレイだった。
ジンはジンで銀髪に似合う黒地の浴衣。

私は、というと淡いピンクの布地に白の百合が咲き乱れる、少しだけ子供っぽい浴衣。今の私たちなら、とても暗殺者には見えないだろうな。

「ふふ」
「?……何にやついてんだ」
「べっつにー!ねえジン、林檎飴買って!」
「ふざけてんのか」
「ちょ、何でベレッタ持ってきてんの!」
「祭りといえど気を抜くな。死ぬぞ」
「死なないよ!?」

一体祭りを何だと思ってるんだろう、一抹の不安が過るが、それはさておき林檎飴はどこに売っているのか。あ、ベレッタは通行人にはエアガンと思われたらしい。騒ぎにならなくてよかった。

辺りを見回すと、目の前を知り合いが横切った。


「あれ、蘭ちゃん?」
「あ、なまえじゃない!ちょっと、園子」
「え?あ、ほんとだ!」
「園子も!二人で来たのー?」
「ううん、コナン君も一緒よ」

二人とも可愛らしい浴衣に身を包んでいて、目の保養だ。
ふと目を落とすとジンを見て目を見張っているコナン君が視界に移る。(いやそんなにびっくりしなくても)

「どうしたの、コナン君」
「あ、え、いや」
「確かに殺し屋みたいな人相してるけど、大丈夫!今日に限り無害な『ゴツン』……見た目通り優しい人だよ、はい、すいません」
無言で振り下ろされた鉄拳。(うう、痛い)

「なまえはデート?」
「ちょっとあんたー!何時の間にこんな格好良い彼氏つくったのよーっ」
「え、ち、違」
「違くねぇだろ」
「ジンてめコノヤロ、…ということで、じゃあね!3人ともっ!楽しんで!」

行くよっ、ジンの袖をひっぱって走る。自分のほっぺたが赤く染まっているのがバレないように少し俯いてたんだけど、
「顔が赤いぜ」
照れ隠しにジンの足を踏むばかりである。




「あーら、二人ともイイかんじになっちゃって」
「すいやせん兄貴。いつの間にかはぐれちまってって……」

何処かに行っていた二人とも合流して四人でしばらく歩いていると、すぐ脇で豪快な笑い声が聞こえた。

「さあ、寄ってらっしゃい!ここの商品は狙いやすい落としやすい崩しやすい!赤字覚悟のサービス屋台だ!」

人の良さそうな掛け声につられてチャレンジしたらしい小学生たち。特にわけもなく眺めていたが、

「あ……」
「石か何か入ってるわね」
「やっぱ気付いた?」

耳をすませば音でよくわかる。素人がどう頑張ったって落とせる量のおもりじゃないのは確か。
「よくある事だ。放っとけ」
「うん…」
頷いたものの、肩を落として屋台を離れる子供たちを見て足が止まった。ジンの着物の袖をつかむ。ジンは、しばらく立ち止まって、やがて深くため息を吐いた。
「……で、何がしてェんだ」

さすがジン。

「あのね。この射的屋……潰そうと思うの」

そう言った私を見て、皆はそれはそれは悪そうに笑った。私も、たぶん同じ顔してるんだろうな。

「えげつねェ事考えやがる」
「まあ向こうも反則してるんだし、いいんじゃない?」
「アニキ達がその気なら」

「よし決定!じゃあまず言い出しっぺ私。右から6……や、8いけるか。8番目まで狩ってくるー!」

有言実行!なまえちゃんやったるぜ!

「お。お譲ちゃんチャレンジかい?」
「うん」
「じゃあ一回500円。全部で6発だ。頑張れよー!」
おじさんのにやにやとした顔に一発入れたいところだったが、すぐに勿体ないと思い直した。
大きな熊さんに狙いを定めて、まずは一発。ごろん。
「なっ、」
「やーん!ジンみたぁ?あたったー!うれぴい〜」

ジンが知り合いじゃありませんよみたいな顔をしてくるのがムカついたけど、よく見たら残り二人も他人の振りをしている。つらい。

「こうなりゃ、やけ撃ち五連打ー!!」
「……う!!う、そだろ!」
「よほほーい」

狙ってた8個には至らなかったが、一発で二つ落とせたのが一回あったので端から7番目までを占めることができた。
「あー、狙いやすかった!おっちゃんサンキュー」
ここでベルモットとハイタッチ。

「次、私やるわ」
「………ご、500円だ」
「ここ置くわよ」

言わずもがなベルモットも全段命中。「ほんと落としやすいわね」その後開いた口がふさがらないままのおじさんの前に無言でお金を置いてジンも全発命中させて、続くウォッカも6発すべて当てていた。いつの間にか居たギャラリーから歓声がわく。

「こんなことならキャンティとかコルンも連れて来てあげればよかったね」
「そうね。後で話聞かせたらきっと悔しがるわ」

ふふ、と笑みを浮かべるベルモットに相槌をうってから、呆然としているおじさんに悪戯っぽい笑顔を向ける。

「あ、ごめんなさい!中の"オモリ"が重くて、思わず本気だしちゃった」
「なっ」
「馬鹿馬鹿しい、いくぞ。

てめぇもこれに懲りたらこんな馬鹿らしい商売は止めるんだな」

ジンは煙草に火をつけたがらギロリと睨む。ひい、なんて小さな悲鳴を上げたおじさんは、勘定箱を抱えて何処かへ走り去ってしまった。
何か今の台詞……
「……正義の味方っぽい」
そう嘯いてみれば、潮笑とともに「頭イカれたか」なんて言葉が返ってきた。




「あ、花火、もう上がるんじゃない…?」

言葉と同時に音を轟かせて空に大きな花が咲く。
ふとジンを見ると、目を細めて何処か愉しそうにそれを見上げていた。

「良かった…」
「……何がだ」
「ジン、本当はお祭りになんて来たくなかったんじゃなかったないかと思って」
「別に来たかったわけじゃねぇよ」
「あ、それもそうか」

ほんとはね、来てもすぐ帰っちゃうんじゃないかって思ってたの。
振り向いたらいつの間にか居なくなってるんじゃないかって、ずっと。だから何度も、後ろを確認して。
ジンの姿が在って、その度にほっとして、嬉しくなった。

ふと左の手に違和感を感じる。

目を落としてみると、ジンの右手が私の手に添えられていた。ジンのしれっとした横顔。そして、ゆっくりと何かを握らされた。

「あ…」
小さく声を上げてみるも、前ではしゃいでいるウォッカとベルモットは全く気付かない。けど、助かった。きっと今の私の顔はさっき以上に真っ赤な筈だから。

「りんご、飴…!」

ジンの、優しさの出しかたは、いつだってズルい。こんな事されてときめかない女の子がどこにいるか!

「……」
「食わねえのか」
「た、食べるよ」
「…くく」
「なななななっな、何よ!」
「林檎といい勝負だな」

何がって言ったら、きっと私の頬っぺただ。

「あ……あ…りがと、う」

言ってから直ぐ前向いちゃったし、声なんか殆ど呟きだったから聞こえたか解らない。
……隣から押し殺した笑いが聞こえたから、ちゃんと耳には届いたらしい。

「あら…もう終わっちゃったのね」
「え…!?」
「綺麗でしたねェ」
「嘘、もうおしまい!?」

空に目を向けてみるも色とりどりの花火の姿はもうなかった。

「楽しみにしてたのに……!」
「また来年だな。諦めろ」
「びええええ…」

ちくしょうくそう誰の所為だ、ジンのせいじゃないか!あたしを無駄にときめかせといて何だその言い方はコノヤロー、来年ったって後365日も待たなきゃなんないんだぞ、そんなの遠すぎる、あれ、ちょっと待って。

「来年…また一緒にきてくれるの?」

こそ。ジンの耳元で問いかけると、含んだような笑いと共に「どうだかな」とあやふやな返事が返ってきた。
でもそれってきっと、そういうこと。

「やったージンだいすき!!!!」
「あら、どうしたの?なまえ」
「何か嬉しい事でもあったんですかい?」

花火は見れなかったけど、来年ジンが一緒にお祭りに来てくれるならまあいいか、なんて。
嬉しさをかみしめて華の無い空を見上げた。

夏祭りと林檎飴

**おまけ

「何で、黒ずくめの奴らが…それに、ジンと一緒に居たあの人は一体…」
「あら知らないの?江戸川君」
「灰原…?」

「ジンの愛人と言うには、彼女はまだ幼すぎるかしら?」

大方デートってところじゃないの?続ける灰原に、信じられないという目を向けるコナン。
でも確かに、そのような節はいくつかあった。

「……少なくとも、殺しをするような感じじゃなかったが」

「おーい、二人とも〜」
「私達ねっ、凄いもの見ちゃったの!」
「聞いてくださいよッ」

息を切らして走ってきた歩美、元太、光彦の3人は、興奮気味に話し始めた。

「さっき射的の所でですね、凄い人達が居たんですよ!」
「銀色の長い髪の男の人と、可愛くて優しそうなお姉さん!」
「それから金髪で美人でボンキュッボンの姉ちゃんとサングラスかけたおっさん」
「(まさか……!)そ、そいつらがどうしたんだ!?」

「射的でぜーんぶ当てて、商品持ってっちゃったの!」
「は?」
「全員全発命中だったんですよっ」
「その後、近くに居たやつらに取った商品全部あげちゃったんだぜー?気前良いよなあ」

俺も貰ったー、と大きな蛙のぬいぐるみを高々と掲げる元太を視界の端に写し、溜息をつく。隣でくすりと笑みを浮かべる灰原に「何だよ」と問いかけてみた。

「あの冷徹な男のそんな姿。想像しただけで笑えるじゃない?」
「…確かにな」
「二人とも、さっきから何話してるのー?」
「何でも無いわ」
「ほら、花火そろそろじゃねーのか?」
「うん!」

(少年探偵団と小さくなった探偵と反逆者の)
(花火が上がるに至るまでの話)
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