耳を澄ませば聞こえてくる冷たさに身が凍った。冷たさは見えるものでも聞こえるものでも無いけどあたしにはよく聞こえた。あのひとがここへくる前兆である。


「…リドル」

戸が開いて入ってきたのは長身の少年だった。彼は口元にゆるりと弧を描いて紅い瞳を光らせる。
こんな時皆に見せる優しげな笑顔は張りぼてでしかないのだと気付かされる。逃げたかった、どうしようもなく怖い。


「なんて顔してるんだい」
「…、あ」

一歩後ずされば足が震えて私はその場に尻もちをついた。だけど目はリドルから離れない。少しでも離したらいけないような気がしたからだ。
リドルの手が私の肩を強い力で押せばドッと鈍い音を立てて私の背中は冷たい石の床に当たる。

「そんなに怯えるなよ」

リドルの顔が真上に見える。ぎり、ぎりって心臓が痛い。リドルの冷たい手が頬をゆるりと撫でた。怯えるなと言っておきながら、そうさせるのはだれ、だ。自分ではないか。

「僕は君が憎くて憎くて仕方がないんだ」
「…じゃあ、構わないでよ」
「それじゃあつまらないだろう?優等生の振りは存外疲れるんだ」
「あたしは、はけ口じゃ ない」
「誰もそんな事言ってないさ。君のことはある意味で他の誰よりも大切にしてる」
「知らない、そんなの。早くあたしの上から退いて」
「言ったろう?」
「、痛」

「僕は君が大嫌いなんだから、君のお願いを聞く義理なんて無いんだ」


殺されるかも知れないと思ったことは何度もあった。リドルに出会ってからだ。彼の視線だけで何度も死を覚悟した。
リドルが私を憎んでいる理由なんて知らない。
だけど私は、もう。其処知れぬ恐怖に震える毎日には、もう…うんざりだった。


「そんなに嫌いなら、殺せばいいのに」
「…僕が、君をかい?」
「そう」
「自ら死を望んで何になる」
「少なくとも、もうリドルは怖くない」

リドルが急に黙ったので私はいささか変な気持ちになり、彼の表情を仰ぎ見た。そしていっきに思考は停止する。
リドルの表情は今までに見た事が無いくらい辛く悲しそうに歪んでいた。

「どうして、そんな顔するの」
「…君がそんなことを言うからじゃないか」
「だってリドルはあたしが」
「嫌いさ…!」

どんなに足掻いたって君だけは手に入りそうになかったんだ。
どんなに足掻いたって君の心に僕は入れそうになかったんだ。

だから、しかたなかった。きみに恐怖される対象になれば少なからず記憶には残れるだろうと思ったから。
それなのに君は僕に殺せと言うのか。
やっと少しだけ掴んだと思ったのに指の間をすり抜けて逃げ出してしまう。

「きみは、僕をどうしたいんだ…!」


リドルの口から悲痛な声が漏れて、私は反射的に彼を抱きしめた。消えてしまうと 思った。リドルの肩から少しずつ力が抜けていくのを感じて、安堵の息を吐く。

「僕は君が、嫌いなんだ」

繰り返し呟く。暗示をかけるように、何度も。
腕の中のリドルは私が知っている彼の何よりも弱く脆かった。

「手に入らない君が、憎くてそれでいて


―――――…酷く愛おしい」

この感情の名前を僕は知ってる。この胸騒ぎの理由も、僕は知ってる。今まで何を戸惑い躊躇していたのか、馬鹿馬鹿しい。
僕の欲しかったものを遠ざけていたのは、紛れもない自分だったのだ。それに気付けたのだから、もう離してなどやるものか。これで僕はやっと

やっとひとりの、人間になれる気がした。
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