「何、ローまた彼女変えたの?」
校門のところで自転車に跨りながら、私はいつも通り酷い隈のできているローにそう話しかけた。ローは校内ではかなりのモテ順位を確保していて、高校入学した瞬間から彼女が尽きた事は無い。かと言って長続きしているわけでもなく。来るもの拒まず去る者追わずな彼の性格あってか、彼女はころころ変わるのだった。
「人聞き悪いこと言うなよ。愛が終ったんだよ。」
「うっわ寒。ローほど愛のつく台詞が似合わないひとも珍しいよね」
「あんだと?」
「いひゃい!ほっぺつねんな」
「お前はいつまでも彼氏できねぇじゃねーか」
「え、あたし?あたしは「ロー!」…」
誰だよ全くもう、あたしがローと話してんのに。って……このひとローの新彼女(先輩)じゃん。
うわ…言っちゃ悪いけど今回の外れじゃね?まあ言わないけどね。そんな事を考えていると走ってきたそのひとはローの腕に絡みついて短いスカートを翻した。
「待っててくれたの?ありがとー!だいすきっ」
「あ?いや待ってたっつーか」
「じゃあねー、ロー。デート楽しんで」
わたしはその光景をあまり長く見る気はしなくて、さっさと自転車のペダルを漕ぐ。あーあー…むかつく。
「だぁれぇ?」
「…ダチ」
ローは遠くなっていく背中を眺めながら、何も読めない口調でそう答えた。
***
はむ、ハンバーガーを頬張りながら私は思い溜息を吐いた。
「そりゃお前、彼女じゃないんだから仕方ねェだろ」
「うーん…そりゃ解かってるけどさあ」
「大体あいつの相談話俺に持ちかけるんじゃねーよ。腹立つだろ」
「キッドにしか相談できないんだもん」
こんなことを言ってもやはりしぶしぶではあるが相談にのってくれている親友。彼だけは、わたしの気持ちを知っていた。
「うあーでもやっぱりあの女だけは!」
「やっかむなよ」
「笑ってんじゃねーよ」
「お前もな。もうトラファルガーの野郎は諦めたらどうだ。それか告白してフラれるか」
「アンタそれでも親友?」
お互い笑いながらこんな事を言えるのはキッドくらいだ。キッドも巷では噂の不良学生で通ってるけど、本当はいつもちゃんと人の気持ちを考えてるようなやつ。
テーブルに顎を乗せて口を尖らせながら溜息を吐くと、キッドが飲んでるジュースが空になったようでズッと音がする。飲むの早いなー、アタシなんかまだ半分以上あるっていうのに。
「やっぱ告白した方がいいのかな」
「さァな。結果はどうでも一番手っ取り早いのはソレなんじゃねーの?」
「でもローとの関係崩したくないなあ」
頬杖をついてジンジャエールを喉に通しながら、私は小さく呟いた。
「ローってなんであんなにころころ彼女変えんのかな」
「知るかよ。…満足しねェんだろ」
「何が」
「…イロイロが」
イロイロって何さ。一番肝心なとこにごして…。私がじと目で睨んでいるのに気がついてキッドもこちらを向く。だけどあたしの目から視線は少しずれていて、それを追ってお店の入り口の辺りを見れば、息が詰まった。
「やぁん、あたしこんなに食べれなーい」
一度聴いたら嫌でも耳に残るような耳障りなこの声は、普通セットメニューを見てそんなことを言っている。間違い無い。ローの新彼女だ。
別に彼女だけだったらどうでもいい。そしてローと一緒だというのであれば嫌だけど、死ぬほど嫌だけど我慢する。だけどどうだ、あれは。隣にいるのは他校の知らない男子生徒。
「キッド」
「おう、行って来い」
勢いをつけて引かれたイスが店内に煩く響く。
アタシは躊躇う事なく彼女の元へ向かった。
「ローとは一緒じゃないんですか?」
「え?」
急に声を掛けられたローの彼女の先輩は、ローという言葉に少しだけ眉を顰めて後ろを振り向く。わたしの顔を見た途端、顰めた眉が深くなり口元が吊り上がった。思わず、魔女みたいだと思ったとか口が裂けても言えない。
「あぁ…、確かローの友達だっけ?」
「覚えててくれたんですね。ところで、ローとは違う方ともお付き合いをしてるんですか?」
笑顔を崩さず質問するアタシを怪訝そうに見たそのひとは、隣に居る男には聞かれたくないらしく、これ以上喋るなと威嚇するような言い方をする。
「…はぁ?何が言いたいのよ、」
「質問してるのはこっちです」
「アンタには関係無いでしょ?勘違いしないでよね、あんなのと本気で付き合うわけないじゃん…遊んであげてんのよ」
「そうですか」
彼女の言葉を聞いて極上の笑顔を向けてやると、「まだ何かあんの?」と睨みつけてきた。ごめんねロー。あたしもう我慢できそうにないや。というかもとからするつもりなんて無かったし。キッドも公認だし!
「キャッ!?」
「勘違いしてんじゃねーですよ、先輩。ありゃりゃ…マスカラ落ちて酷い顔。これじゃ般若もビックリですね」
後ろ手で持っていたジンジャエールを彼女の顔にぶっかけて、背を向けた。それから思い出したように振り返って一言。
「遊ばれてるって気付かないのは可哀そうですけど、気付かない上で勝った気でいるのならそれはそれで滑稽ですね」
バックを持ってくれていたキッドを引き連れて、その場を出る。気分は最悪だ。
「ハハ、おもしれェ!あの女すげー顔してるぜ」
はしゃぐキッドとは反対に、わたしの目からは涙が零れ落ちそうだった。ローをあんなにバカにしたアイツも許せなかったし、あんなヤツと付き合ってるローにも腹が立ったのだ。「お。じゃあ俺は帰るぜ」
「はァ?帰るって何で、ちょ、キッド!…行っちゃった、何アイツ」
「ユースタス屋にしては珍しく気を利かせたな」
「…!」
ばっと振り返れば見慣れたローの姿。
私は何も言うことができないまま立ち尽くす。
「さっきのは実に威勢が良かったなァ」
「…見てたの?」
「ああ」
「、ごめ」
「謝んな」
ぐっと腕をひかれて、そのままローの胸に倒れ込む。は?え、なにこれ。意識がついていかずにわたしは瞳をぱちくりとさせた。
「そろそろ遊びにも飽きてきたんでな」
「あ、そび?」
「決まってんだろ」
ローは私も知ってるにんやりとした笑みを浮かべて、本当に嬉しそうにわたしを見下ろした。
「今まで何人も彼女変えてたのは、お前妬かせるためだ」
「そんな」
「そろそろ本気でいかなきゃと思ってな。取り逃がしちまうのはごめんだ」
「、ロー」
おい待て泣くな!
(う、っく…気晴らしに一発殴らして!)(…やだね)