コツ、コツ、冷たい石床に響く足音はゆったりとした歩調で薄暗い廊下を押し進む。彼の登場によって囚人たちは鉄格子から距離をとった。牢獄の看守である、この男、名をユースタス・キッド。

「おい、生きてるか」

冷たさを孕んだ声は奥の牢獄に入れられている女に向けられた。掠れた声で、はいと返事が返ってくるのはそうしなければ殴られると知っているからだろうか。キッドは鍵を開けて中に入った。自分を見下ろす赤い瞳を女はじっと見上げる。

「辛ェだろ」
「はい」
「助けてやろうか」

膝を折って屈み女の濁りのない瞳を見詰めた。どうせこいつだって何の罪も犯さず入ってきたんだろうが、この刑務所においてそんなことはどうだって良いのだ。罪人を処分した記録さえあれば、それで。


「お前が今ここで願い乞えば殺してやるよ」

俺がそう言えば女は目を丸くして、それから小さく笑った。

「やさしい、んですね」
「俺が優しいだァ?…イカレてんのか」
「ふつうです」
「お前の体中の傷は俺が付けたんだぞ」
「…ええ。でも、キッドさんは一回ですぐに意識を飛ばさせてくれるでしょう?」
「…、」
「他の人はもっと傷が多いもの」

なんだこの女、こんなに綺麗に笑えたのか。不覚にも一瞬言葉を失ってしまった。一発でテメェが意識飛ばすのはお前が弱いからに決まってんだろ。勘違いしてんじゃねぇ。続けたかった言葉は飲み下される。

――――…突き放せ拒絶しろ。心は理解しているのに俺が酷く動揺している理由はきっと女が俺の名を知っていたから。

「―――呼べ。俺の名を」

「キッドさん」
「違ェだろ」

「…キッド」

「もう一度、だ」

「キッド」



お前が

こんなにも俺の心を揺れ動かすならいっそ消えちまえ。


「危険物資はいらねぇ」
「…そうですか」
「ばか、なんてツラしてんだ」

引き寄せてみたら予想以上に細くて扱いに困った。結局力の限りに抱きしめたらそいつは静かにでも嬉しそうに笑ってやがったから、間違ってはいねぇようだ。
だがお前がそうして至極幸せそうに微笑みながら囁いた言葉は俺の心臓に熱く苦い焦げ跡を残した。


「―――――― キッド、…助けて」

切除する、心臓
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