夜の廃港に沈黙が木魂した。やがてカツン、カツンと怪しげな足音が辺りに響いて
ゆっくりと彼女のもとへと近付いてくる。わたしはできるだけ死角になるようなところにうずくまるようにして座っていた。足音の主が、自分を見つけないようにと必死で願って。

「……っ」



ころされる、かと

トラファルガー・ローという男にある日買われてから、何度そう思ったか知れない。
確かに自分から死にたいと願う事は多々在ったけど、実際に"死"を目の前に突きだされれば怯えるしかなくて。怖い、こわいこわいこわいこわい

カツン、足音がピタリと止まった。(気付か、れ…)だけどそれはすぐにまた歩き始める。私はほっと安堵の息をついた。

「安心したか」

ぞくりと背中が冷たくなる。すぐ、うしろから聞こえた声は彼のものに酷似していて。
バッと立ち上がって振り返る。そこにいたのはやはり、ローだった。刀を肩にゆるりと担ぎ少しだけ首を傾けているその様は、私に恐怖を与える用途にしかならない。


「逃げていいと、誰が言った」
「…!」

ローの目が妖しく光る。逃げなきゃ、私は耐えきれずに走り出した。がくがくと震える体を意識しないように必死で。だけど、それも数秒間の試みに終わる。ローはいとも簡単に私の体を捻じ伏せた。


「離して、」
「断る」

私の腕を掴むやつの手から恐怖が思い出されて、私の目には涙が溜まった。
それを見てローはくっと喉の奥で笑う。


「逃げたいか」

ひとつ頷けば、腕を拘束する手は離れていった。
だけど立ち上がれない。
殺気とか覇気とか、視えない何かでなお拘束されているから。悔しい。こんな状況にされている自分が、たまらなくみじめだった。

「だが俺はお前を逃がす気はない」
「っ」
「泣くな」

無理だよ、だって私はあなたから逃げたくて仕方無いのに。貴方が逃がしてくれないんじゃ私は、きっとこのまま一生…、(せめて 私に人を殺せる力があったら。)

「諦めろ。お前に俺は殺せない」

心を読み取ったかのようにローは言葉を紡ぐ。

「…殺せる」

近くにあった金属の棒を手に、やつを睨みつけた。殺せる、できる。あたしは、

決意して握り直したはずなのに。それを振りかぶっても…振り下ろす最中でも、ローは動かなかった。

「なんで」

手からそれが滑り落ちて気付く。自分が泣いている事に。私じゃ、こいつを殺すどころか怪我を負わせる度胸も無い事に、気付く。

どうしたらいいんだろう
彼に玩具のように弄ばれた地獄のような日々が繰り返されると思うと死にたくなるし
それでも私には死ぬ勇気も殺す度胸もない。


絶望に絶望したわたし。
暫く黙っていたローは、思いついたように笑った。ああ、そうだ

あいしてやろうか
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