え。私が呆然と足を止めれば、甲板に持ち出した椅子に深々と腰かけて足を船縁に投げ出していた船長が目線をこちらに動かした。
「…何だ」
「や…、船長、煙草吸うんですね」
「悪ィのか」
「いえ。珍しいな、と」

船長はまた目線を海に戻し、深く煙を吐き出した。
夜の海はひたすらに黒い。落ちたらきっと誰にも気づかれないんだろなと私はいつも怖くなるのだ。
――今なら船長を殺せるのかな。

皆は食堂で宴会をしているし、海に落としてしまえば誰も見ていない。誰も気付かない。かなづちのキャプテン・キッドは恐らく沈んでいってしまうだろう。
「…物騒なこと考えてる面だ」
「え?」
顔を上げると、存外近くに船長はいた。
私よりもはるかに物騒な顔で私を見下ろす。


「お前は俺を殺してェんだろ」

あまりに核心を突いたその問いに、私は焦りよりも純粋に疑問を感じた。

「どうして分かるんです?」
「俺を誰だと思ってる」
「わたし、船長を殺したいとは思うけど、怨念やら悪意やらのこもる純然たる殺意は抱いていませんよ」
「だからテメェの殺意を見抜くのには苦労するんだ」
「…解せん。」
「だろうな。」

しばしの沈黙。船長の吐きだした煙が、宙にたゆたう。
次の瞬間にはもう、引き寄せられた腕の中にいた。


「…どうだ」
「どうって……痛いです」

ズキズキ

「胸が痛いですよ、船長」


船長は目を細めて笑みを浮かべた。全てを見透かしたような目が、私を捉える。
「その痛みが怖ェから、テメェは俺を殺したいんだ」
「…」
「違うか?」
「……分かりません。でも、」

一つだけ、確かな事がある。


「私がもし船長を殺せたとしたら、きっと私は、その痛みに殺されることになるのでしょう」

船長が生きていても死んでいても痛いのなら、生きていてもらった方がずっといい。巡り巡っていつも最後はその結論に行き着くのだ。

「オイ」
目を伏せた私の顎を掴み、船長は荒々しく口づけた。
突然の事に思考が追いつかず、私は呆然とされるがままだ。船長のキスは煙草の苦さがした。


「はぁ、はぁ…せんちょ」
「テメェは馬鹿な女だ」
「…?」
「俺は教えてやらねェから、気付きたかったらテメェで勝手に気付きやがれ。」


そう言い残して私から体を離した船長。ズキ。
悠々とした足取りで扉へ向かって行く彼の背中に、私は咄嗟に抱き着いた。

「………何だよ」
「よくわからないんです。」


女を買いに街へ向かうあなたを見送る度、刺し傷のように胸が痛む理由も。
毎晩、眠ろうと目をつむれば真っ先に船長の顔が思い浮かぶ理由も。


「だけど今日、ひとつ分かった事があるんです」


船長は首を後ろに向けて私の笑顔を見下ろした。船長の驚いた顔は、ほんの少し面白かった。

0距離で感じる痛みは、幸福によく似ていますね
121221 企画サイト「yoru」様提出
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -