ぶくぶく、
目の前を踊りながら水面に向かって消えてゆく泡を視線で追いながら溜息を吐いた。何てつまらないんだろう。最近はめっきり人さらいも現れない。命…というのは少し大げさだから、人生をかけた鬼ごっこ、は割とスリリングで楽しい。結局わたしたちの遊泳速度についていけず悔しそうに顔を歪める人間達の姿はさも滑稽だった。
直ぐ上を通った船。海面から少しだけ顔を出せば、やはりドクロが伺えた。
「海賊、せん?」
船内から漏れるオレンジ色の光。笑い声に、音楽と歌。それから美味しそうな料理の香りも。いままでに見たどんな海賊船とも違う雰囲気に、わたしはたまらなく興味をそそられた。
「おい、お前…!」
いきなり声をかけられて思わず水中に隠れてしまったが果たしてそれは私に向けられたものだったか。確認の為にもう一度そろそろ、と海面に顔を出す。
「なぁ!お前ってば」
「…わたし?」
「おう」
やっぱり彼はわたしに話しかけていたようだ。もし追いかけてくるようなら直ぐに逃げようなんて考えは、毒気も抜かれてしまうような彼の笑顔を目の当たりにしたら何処かへいってしまった。
「お前そんな所でなーにやってんだよ」
「何、て…」
「上がって来いよ!宴やってるんだ。サンジの飯もうんめェぞー!」
「…そうやって捕まえる気?」
「つかまえる?お前捕まえてどうすんだ…食えんのか!?」
想定外の返答にわたしも思わず笑ってしまう。笑うのと同時にちょっとだけ 涙も出た。
「…どうした?どっか痛いのか、おまえ」
「ううん。痛くないよ」
「じゃあ何で泣いてんだ」
「嬉しいの」
「何かうれしーことあったのか?」
「…うん。あったよ」
そうか!ししっ、と笑う彼はわたしに手を差し伸べた。
「ほら!一緒に食おう。海賊は食って、歌うんだ…!」
「…あなたの名前は?」
「おれか?俺は、モンキー・D・ルフィ!海賊王になる男だ」
「…ルフィ」
その名前を噛み締めながら、わたしは初めて彼に真っ直ぐな笑顔を向けた。ありがとうを口にする。
「こんなふうに、扱われたの初めて。すごく…嬉しかった」
「?」
「だけどね。わたしはそっちにはいけないよ」
「な…なんでだよ!」
「ルフィ」
「ありがとうね…!」
ルフィの次の言葉を聞く前に、ぼちゃんと海の中に潜った。だけどどれだけ潜ったところで、ルフィの声は耳に届いてきた。
待てよ!おれまだお前の名前聞いてねぇ!…明日も来る。明後日も来るから、嬉しかったんなら、お前もまた来い。絶対だぞ。また、絶対来いよ!
ルフィと自分が違うことは解かっている。人間だって、大嫌いだったはずなのに。ルフィといると彼を信じてみたくなってしまうのだ。さっき会ったばかりの太陽みたいなあの笑顔が頭から離れない。どうしても、もう一度だけでも会いたいと思ってしまった。
「…ルフィ」
***
「お。ルフィ、どうしたんだよ。涼んででもきたのか?」
「…おう」
「飯おかわり作るぞ」
「んーや、いいや。オレもう食えねぇ」
唖然とする仲間達を余所に、ルフィは先程の事を思い出した。どんどん和らいでいくあいつの表情にこっちが嬉しくなって…。
立ち去り際に見えたのは銀色の尾ひれだった気がする。
「あいつ、人魚だったのかな」
「んにににに…人魚ォォオオ!?どういう事だルフィ!詳しく説明し」
「はいはいサンジくん。ルフィが珍しく考え事してるんだから放っといてあげましょ」
ルフィは椅子に腰かけて、自分のてのひらを見つめた。
もしもあいつが自分が人魚だからオレたちと一緒に歌えないとか、オレたちのところに来れないっていうんなら、そんな壁オレがぶっ飛ばしてやるさ。
明日、あいつはきっと来てくれるだろうから。
深海の人魚に恋をした
せっかく腕が伸びるんだから、あそこから引き上げてやらなきゃな。