入れられた監獄は酷くつまらない場所だった。上もつまらなければこんな地獄でさえ面白みに欠ける。俺は何を娯楽にして生きてきゃあいいのだと溜息をついた。

「あなたは、何をしてここにいれられたの?」

ずっと暗闇だと思っていた場所には女と呼ぶにはまだ少し早い、…一人のガキが居た。
俺と同じように細い手首に海楼石の手錠が纏わりついている。俺はそいつを手招きした。

「…名は」
「名前」
「てめぇは何故ここにいるんだ?」
名前と云う名のガキは少しだけ黙った後でにっこり笑って答えた。


「家族と、家と、村人と、村と、島を幾つか燃やしてきたの」
「そりゃでけー仕事をしたな」
「…驚かないの?」
「まあな。ここにいるのはそういう連中だろう。俺も幾千の海賊と幾千の海兵と国をまるまる枯らしてきたところだ」

最後のは仕留めそこなったがな、という言葉は呑み込んだ。


あぐらをかいて座る俺の膝元に名前はよろけて倒れ込んだ。慌てて起き上がろうとするさまを少しだけ笑ってから、足の間にそいつを落とす。俺より二回りも小さく、軽かった。囚人服の肩がずり落ちていてしきりに手繰っている。垣間見える白い肌には痣も傷も痛々しい。


「あなたの名前、」
「…あ?」
「まだ聞いてない」

そういえば言ってなかったな、と考えてからクロコダイルとそれだけ零した。ただそれだけのことに、名前の表情はふわりとほころんだ。


「あたし、誰かに名前教えてもらったの初めて」
「…そうかよ」



名前は毎日クロコダイルに寄り添って座った。
数回言葉を交えて毎日を過ごす。
繰り返される会話には意味も華もないが、クロコダイルも名前も満足していた。

二人の囁きは、心身ともに廃ったlevel6の住人の心に浸透してゆく。
誰も馬鹿にしようとはしなかった。どうして、かする気にもなれなかったのだ。それは向いの牢獄の囚人達も然りである。


「ああいう娘にこんな場所は似合わねえな」
「それもそうだが…イペルダウンとはそういう場所じゃ」

弟を想う兄は眉を苦しげに歪めて下を向く。それを隣で見ている魚人もまた辛そうに息を吐いた。



「クロコダイルさん」
「何だ」
「もし生きてここを出られたら何がしたい?」

名前は夢見がちに瞳を馳せてクロコダイルに微笑んだ。

「そりゃ無理だ」
「もし、だよ」
「…」

七武海の称号などにも、もはや興味は無いし、今さらプルトンを探すのも面倒だ。したいこと、など、ない気がする。でも強いてあげるならば、俺は

砂漠に

「クロコダイルさん…?」
「……、ああ。特にねぇな…お前はどうしたい」

「あたしは砂漠に行きたい」
まるでクロコダイルの心の内を読んだかのように名前は言葉を続けた。

「あたし海に囲まれた島で生まれたの。そこで、砂漠を知って…、…青はもう見飽きたの。見渡す限りの砂が見たい…!」
「…、クハハハハ!そりゃあデケェ夢だ!!」


クロコダイルは名前の頭をくしゃくしゃと二度撫でてから彼らしからぬ落ち着いた笑みを浮かべてみせた。
クロコダイルはゆったりとした様子で砂漠のことを話して聞かせ、名前はそれを目を輝かせて聞いていた。

だれかと話し、何かを得る事がこんなにも幸せな事だなんて想像だにしなかった名前にとってクロコダイルとの時間は至福の時であった。クロコダイルもまた名前と話すことは満更でもないように感じていた。





「ポートガス・D・エース」マゼランの声が響く。
「これよりお前の身柄を処刑台のある町
マリンフォードへ移送する!!」


「クロコダイルさん。あのひとは、どうなるの?」
「殺されるんじゃねぇか」
「でも白ひげの仲間なんでしょ」
「ああ、戦争が起きるだろうな」

名前は至極愉しげに笑うクロコダイルをぼうっと見つめた。そこへ、声が轟く。決意に満ちた声。この場所にはあまりに似合わない温かい声だ。
傍に居たクロコダイルさんが、もう一度小さく笑って「バカが来たな」と嘯いた。



「ここを抜けたきゃ俺を解放しろ」

腕の自由が戻ったのと同時に体内に焦げるような力が蘇ってくる。名前の腕の拘束具を砂にした。たかが海楼石。触れなければ此方の勝ちだ。

「お前も来い、名前」

そうだ。こうでなきゃいけねぇ。
俺はここを抜けて麦わらのガキとひと暴れしたら、こいつを、お前 に


「お前に、砂漠を見せてやる」


名前は目をまんまるくさせて、それから顔をほころばせてクロコダイルに抱きついた。それでいい、クロコダイルは口元に満足げな笑みを浮かべる。

「あんらーかわいいわねっ!そのこ最近まで世界中を騒がせてた子でっしョブル」
「こいつに触ったら殺す」
「いやーね物騒!でもヴァナタ変ったわね」
「…黙れ」


俺が変わった?そんなことはどうだっていい。今はこの腕の中にある熱を逃さなけりゃあそれでいい。馬鹿らしい世界の事変だって前菜だ。砂漠についたら教えてやろう、海と比べてその砂共の感じた歴史の長さを。深い地層で舐めとった冷たさと太陽に焼き焦がされる暑さ、砂漠の朝と夜を。それから、俺が

俺が砂漠の王であるという事
お前はまた目を丸くして驚くんだろう
(そしてゆったり笑っておれに抱きついてくるんだろうよ
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