初めに会ったのは海のど真ん中なんかじゃなくて、どこにでもある普通の島の普通の街のしがない小さな図書館。そこは小さくとも設備は整っていて、夏は冷房も効いているので暑さをしのぐにはもってこいの場所ではある。
この夏島に生まれたわたしが、幼いころから憧れていたのは海賊だ。
強くて志が高くて、夢を追いかける彼らの姿にはやはり惹かれるものがあった。まあそんな事今はどうでも良いのだが、とにかくこの男(トラファルガー・ローというらしい)先日みた新聞の見出しに大きく写っていた。そして今こいつは私の目の前にいる。
海軍を呼ぶなんて馬鹿な真似はしなかった。命が惜しいだとかそう言ったわけじゃなくて、単に面倒くさかったから。そもそも海兵なんて私は少しも信用していない。どこか、胡散臭い気がして。
「海兵を呼ばないのか?俺は海賊だぞ」
案の定そんな質問が来た時は面倒臭すぎて無視してしまおうかと思ったくらいだ。だけどそれは流石にまずいと感じて言葉を探す…でも、やはりめんどい以外の理由は見つからなかったので正直にそう述べると、彼は肩を震わせて笑った。おかしい事を云った覚えはまったくないのだけど。
しばらく笑い続けてやっと収まって来たのか、トラファルガー・ローは黙って本を選ぶ私に聞きつのる。
「海兵は嫌いか」
「うん」
「海賊は嫌いか」
「別に」
「お前、めずらしい女だな」
「そうかもね」
これだけの会話。海賊と交わしたそれは案外ふつうの会話だった。
戦闘の際の相手の断末魔についてとか船に置いてある酒樽の大きさについてだとか、そういうふうなことは一切ない。海賊を感じさせない海賊だと思った。
何日か滞在しているらしいと、彼の口から直接聞いた。だからどうというわけでは無いが、毎日この図書館に通っている私は、必然的に。毎日図書館に通ってくるこいつと合う羽目になる。嫌かと聞かれれば別にと答える。どうでもいいのだ。
「毎日本を読んでいて楽しいのか」
「それはあなたもでしょ」
「俺は楽しい」
「じゃああたしも楽しい」
ふと彼の手にしている本のタイトルを目にすれば「解剖学の謎」と言う文字。そんなもののどこがおもしろいのかと問いただしたくもなったが、それを読む彼の表情はやはりどことなく楽しげだったので、ひとそれぞれなんだなあ…と、その一言でかたずけることにした。
「明日出航する」
ふいに言われた言葉。並んでいつも通りに本を選び、決めて、お互い文字の羅列に没頭していたわけだが。そのひとことだけは少し異端だった。
出航、海賊である彼にはあたりまえの単語。
「そう」
五日間。長かったような短かったような。
わたしはページから目を離さなかったが、内容は一切頭に入ってこなかった。何故だか、じわじわと胸が痛くなった。気を緩めたら、涙まで出てきそうだ。(病気なのかもしれない)
「この世界は俺達の意思と反して進み続ける」
「…そうね」
何が言いたいんだろう。
解らない、まだ意図が読めない
「俺達がこうして時間を共有できるのも今日が最後だ」
「…そうね」
「寂しいと思うだろ」
思わない、すらりと出てくる筈の台詞は私の口の中で消えた。思わない、思わない。寂しいなんて…思うはずがない。夜を共にしたわけでも無い男女がたったの5日間。それも半日だけ図書館で本に意識を投じた空間を、惜しいなんて
「おれは、楽しかった。航海と同じくらいな」
「…名前。」
「?」
「あたしの、名前」
あなたがグランドラインを一周して、もしまたここに戻ってくることがあれば、逢いましょう。私は毎日必ずここにくるわ。背を向けた彼に言いつのる。返事は無かった。す、と手を上げるその仕草だけ。
ああ、ほんとに面倒くさいわ
此が恋だと謂うなれば