「三成、」


呼んだ声は少しの間を置いて彼の耳に無事届いたらしい。
ゆっくりと振り返った瞳は琥珀色。
美しい男だなあ、なんて今更ながらに思って。


「何の用だ、家康」
「お前、傷をほうっておくなよ」


ぐい、掴んで引いた腕のその細さに何度でも驚かされる。よくもまあ、こんな腕で刀を振り回せるものだ。


あまり力は込めていなかったはずだが、予想した通り彼の眉間には皺が寄り、端整な顔は苦痛に歪んだ。…嘘の吐けぬ男だ。


「…ッ、離せ家康!」
「やっぱり腕怪我してたな。戦の後始末におわれてまだろくに手当てもしてないだろう?」
「こんなもの、直ぐに治る。秀吉様の鬨を聞いて、その戦を終わらせるのが最優先だ!!」
「…もっと、自分を大切にするべきだ」




戦の中で三成が怪我を負うことは珍しい。だが、斬撃で全てをなぎはらっていくのにも限界があるわけで。
こうして稀に傷を作ってはそれを気にもせずに刀を振るう。

悲しい男であると思う。
三成は自分がどれだけ大切にされているのか知らないのだ。
三成が傷を負うことで、悲しむ人間がいることを知らない。

いつだって彼は前しか向いていない。
彼は、彼のすぐ後ろで彼を想っている者には気が付かない。


ああだけど。



「豊臣の為に生きることの何が悪い!?そんなことを言う暇があるなら貴様もそう生きろ!!」
「…三成」



そんなお前が好きだよ、
なんて。



好きで好きでたまらなくて、大切にしたくて、でも壊してしまいたくて。


共に並んで歩いていても、見つめる方向は明らかに違うのだろう。
三成は前しか見ない。
ワシはそんな三成しか見たくないのだから。(そんなわけにも、いかないけれど)

三成はワシにないものをたくさんもっている。



掴んだ腕を滑らせて、手を握る。



「…ワシは、お前と共に生きたいよ」
「フン。…離せ」


一瞬だけ触れたぬくもりはワシよりも少しだけ低い。

直ぐに離れた掌は行き場をなくし、空を掴む。
ゆっくりと歩き出したその背中が存外小さくて。



共に生きたい、その言葉に嘘はない。
三成が隣に並んで同じ方向を向いて歩いていけたなら、それほど幸せなことはないと思う。
叶わないと知っているから、こうも切望する。



(あと、すこし)


豊臣の為に拳を振るうのもあとすこし。
そうしたら、きっと今のように彼の手を握ることは出来なくなる。
それでいい。


(それでいいから、)


彼に知ってもらいたい。
ワシが此処から立ち去った後でも、彼を大切に想う者がたくさん居ること。ワシが此処から立ち去った後でも、彼が傷つくことで悲しむ人間が居ること。

いっそ狂おしいほど、彼を愛していたこと。



憎まれても恨まれても、決意はきっと揺るがない。
目の前に見えるのは絆の溢れる泰平の世だけだ。




「あと、すこし」


それまではどうか、
ワシの全部でお前を想わせて。





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