あの空には届かないよ



掌の内でぼやけた光を放つ水晶には、黒髪の青年が映し出されていた。甲冑をきっちりと着込み、重そうな剣を片手で振り回す彼のエメラルドグリーンの瞳がきらきらと輝いている。今日も変わらず美しいなあ、と思った。

「魔王サマ」
「クロちゃん」
「どーですか、アイツらの様子は」
「いつも通りだよ。ここに来たところで俺のとこまで辿り着けるレベルじゃないかな」

部下の質問に答えれば、つまらなそうにふうんとだけ返ってきた。自分から聞いておいていつもそうだ。まあ、きっとこの男もあのパーティの進行速度とかそんなものが気になっているわけでもあるまい。お前もこっち側の男だろう?分かっているから、敢えて触れる気にもならないが。

もう1度、水晶の中をのぞき込む。
彼は、傷だらけになりながらも自分より年下の周りの連中に優しい笑顔を浮かべる。頼れる剣士である彼の姿に少しだけ胸が痛んだ。

「大丈夫だよ」

小さな呟きを聞き逃さなかったらしい部下が、怪訝そうな顔で振り返る。

「大丈夫だよクロちゃん。安心してよ。君のあの子はちゃんと戻ってくるからさ」
「……」
「ちゃんと君のそばに戻ってくるよ。君とあの子はだいじょうぶ」
「…………アンタは?」

曖昧に笑えば、答える気がないことを悟ったらしい黒尾はやれやれと肩を竦めながら部屋を出た。賢い部下で助かる。


「イワちゃんは、ダメかな」

かつては自分の隣にいた男。
強くて厳しくて、だけど優しくて美しくてあたたかい、愛おしい男。ああ、自分だけのもので居てくれたらよかったのに。君さえいれば、ほかは何もいらないのになあ。

あの男は自分の隣にふさわしくないのだ。
彼は暗闇の中を歩く人間ではない。陽の光をあびて、輝きながら生きていくのが似合う。青空の下で笑っているのが似合う。逞しく剣を振りかざすその姿だって美しいが、平和な世界で柔らかく笑うその顔が何よりも可愛らしいことも分かっている。
分かっているから手放したのだ。

本当は、ほんとうに、君がいるならそれだけでよかったのだけど。
もし、君が俺のもとにきて、またその瞳を赤く染めることがあったのならそのときは。


「……なんてね」

ああ愛しい人よ、はやく俺を殺してくれ。



2016/10/31/08:35


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