*赤VSコル→イド




王子の口元は弧を描いてはいるものの、笑みを浮かべているというよりは張り付けているといった様子で、そこからは全く感情が感じられない。また、滑らかな金髪から覗く切れ長の瞳も冷たく冷えきっており、酷く無感動だった。

「…随分と親しい間柄のようで」
「…まあ」
「御兄弟かなにかで?」
「いえ」
「ああ、矢張り。それにしては、随分と顔立ちが違っていらっしゃるなと。…では、どういった御関係で?」

朗らかな笑みと共に紡がれた言葉であるというのに、その端々に毒々しい刺が垣間見えるのは、気の所為ではないだろう。コルテスの片眉が、ぴくりと動く。
然しそれも一瞬のことで、直ぐ様表情を戻すと、考え込むように「…そうですね」と呟いてから、小さく肩を竦めた。

「上司と部下ですよ。…まあ、それだけじゃないですけど」

わざとほのめかすように言葉を付け足してそう返せば、今度は王子が眉を寄せた。口元を歪ませながら「…へぇ」と低く呟くと、目を細めてコルテスを見つめる。
無論、コルテスとイドルフリートの間には上下或いは友人関係しか結ばれておらず、他の繋がりなどありはしない。故に、「それ」──つまり、上下関係以外のものといえば、必然的に友人関係ということになる。
然し、それは当事者や彼等をよく知る人々であるからこそ知り得る事柄であって、つい先程その一方と顔を合わせたばかりの人間が、彼等の関係性を正確に読み取ることはまず不可能といっていいだろう。

(使える手は打っとけ、ってな)

王子の視線には敢えて応えず、コルテスはイドルフリートに目を向けると、「イド」と小さく名を呼んだ。
「なんだい?」と首を傾げながら見つめてくるイドルフリートの頭を軽く叩き、その額を指で弾く。

「なんだじゃない。ったく、心配掛けさせやがって…ほら、帰るぞ」

本来ならば、買い出しを終えてもう船に戻っていても良い頃合いである。そして、その予定を狂わせたのは他でもない自分だということを、イドルフリートは理解しているようで、それに対して多少なりとも罪悪感や申し訳なさを感じているらしい。不本意ながらも「…悪かったよ」と小さく謝罪を口にする姿に、コルテスは苦笑を漏らした。

「いや、俺も悪かった。…でも、まあ、無事で良かったよ」

そう言って柔らかく微笑んだコルテスに、イドルフリートは気恥ずかしそうに視線を逸らし、顔を伏せた。そんなイドルフリートに目許を弛めたところで、コルテスは漸く王子へと視線を向けた。
険しい表情を浮かべる王子に向き直ると、「そういうわけなので、」と実に爽やかに笑い掛けた。

「そろそろ失礼しますね、王子さん」

そう言って、もう用はないとばかりにイドルフリートを連れて踵を返したコルテスの背中に、「御待ち頂きたい」という制止の声が掛かった。
訝しげに振り向いたコルテスに、王子は彼を真っ直ぐと見つめながら厳かな口調で「…名は?」と尋ねた。
目を瞬かせるコルテスに、王子は良い含ませるようにゆっくりと同じ言葉を口にする。

「貴公の名前を教えて頂きたい」
「…言ってませんでしたっけ」
「ええ」
「そいつはとんだ失礼を」

コルテスは罰が悪そうに頭を掻くと、イドルフリートに先に行くように告げて、王子へと数歩歩み寄った。そして、その目の前まで来ると、姿勢を正して深々と頭を下げた。
突然改まった態度に眉を寄せる王子を余所に、コルテスは静かに口を開いた。

「──申し遅れました、私、エルナン・コルテスと申します。この度は私の航海士がとんだ御迷惑を御掛けしたようで、申し訳ない」
「…いえ、迷惑などは」
「いいえ。後程きつく言い聞かせておきますので、どうか御勘弁を」

顔を上げて笑ってみせたコルテスの顔に黒いものを見付けて、王子は目を見開いた。撤回させようと彼が口を開くよりも早く、コルテスは「それでは」と言って背を向けてしまう。
小さくなっていく背中を見つめながら、王子は強く拳を握り締めた。

「…エルナン・コルテス」











「…待っててくれたのか」

驚きを滲ませたコルテスの言葉に、イドルフリートは眉を寄せながら「当り前だろう」と不機嫌そうに言葉を吐いた。

「…どうせ帰る場所は同じなんだ。わざわざ別々に帰る理由もない」

彼が人を待つなど珍しいなと思いながらも、まあそれもそうかと頷いていると、聞こえるか聞こえないかの声量でイドルフリートが「…それに」と小さく付け加えた。

「…君には、その、迷惑を掛けたようだし……」

うろうろと目を泳がせながらぽつりぽつりと言葉を紡ぐ姿に、コルテスは抱き締めたい衝動を抑え込みながら「気にするな」と頭を撫でた。ふんわりとした猫毛質の金糸が、指腹を擽る。
イドルフリートの柔らかな髪を堪能しながら、本当に何故今まで気付かなかったのだろうと心底不思議に思った。可愛いや抱き締めたいなど、同性にそう頻繁に抱く感情ではないというのに。

或いは。その距離が近過ぎて、気付けなかったのかもしれない。彼等を取り巻く環境は不変なものであるから、余計に。
一度海に出てしまえば、暫らくは陸には戻れない。その為、何時も同じメンバーと顔を合わせ、行動するという日々が続く。然し、今回王子というイレギュラーが投影されたことでその環境が大きく崩れ、その崩壊によって生じた瓦礫の中から、見落としていたあるひとつの感情が顔を覗かせた──といったところだろうか。そしてそれこそが、コルテスを突き動かしていた衝動──詰まり、恋情からくる嫉妬の情であると。

(気付いたからには、なあ)

あまり表には出さないが、コルテス自身、物欲は強い方だと自覚している。そしてその対象は、なにも物だけに限ったことではない。欲しいと思えばそれが何であろうと、手中に収めようと動く。それが例え、人であろうとも。
若しかするとその貪欲さこそが、彼が船長に成り得たる所以なのやもしれない。

それに、とコルテスは目を伏せる。思い浮かぶのは、先刻別れた男の姿。
一国の王子であるその男とイドルフリートがどのような経緯で知り合ったかなど知る由もないが、ひとつだけ確かなことがある。
態度、眼差し、声色等々。彼がイドルフリートに向けるそれらに込められた感情はコルテスのそれと同じものであり、それは詰まり、彼も同様にイドルフリートに対して恋慕を抱いている、ということだ。そしてそれは、彼がコルテスにとっての恋敵であるということを意味する。

(…赤の王子、ね)

あまり人に触れられることを良しとしないイドルフリートが接触を許しているということは、それなりの仲ではあるのだろう。ただ、様子を見るに、どうやらイドルフリートは彼を意識しているわけではなさそうだ。凡そ、友人未満顔見知り以上といったところか。

それならば、まだ此方に分があるだろうとコルテスは踏んでいる。
片や、何時会えるかも知れぬ一国の王子。片や、毎日顔を合わせている上司であり友人。少々出遅れたとはいえ、立場や環境的には此方が有利であることは間違いないだろう、と。

(…まあ、何れにせよ)













「──負ける心算はないさ」









同時に吐き出された呟きは、密かなる敵意を纏いながら、静かに谺していった。

余談ではあるが、渦中にいる筈のイドルフリートはといえば、背中にぞくりとしたものが駆け上がるのを感じて、小さく身震いをしたのだとか。









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なんとか終わらせた感がぷんぷんで申し訳ないですorz







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