*赤VSコル→イド




それを一言で表すならば──、衝撃、だった。

彼にとって、イドルフリート・エーレンベルクという男は、信頼足る部下である一方で、気の置けぬ友人でもあった。上下関係を持ちながら対等な存在であるという、一見すると矛盾したその間柄は存外心地良く、継続はあれどどちらかに傾向することはないだろうと、そう思っていた。少なくとも、つい数時間前迄は、確かに。

(──何だ、これは)

目の前の情景から、目が離せない。まるで縫い付けられたかのように固定された目線の先には、見知らぬ男に抱き締められている部下の姿がある。
それを目にした瞬間訪れたのは、無事に見付けられたという安堵感ではなく、奇妙な焦燥感だった。それと同時に、胸がざわりと騒いだ気がして、その不穏さに思わず手でそこを押さえ付ける。

(見付かって良かったじゃないか)

元々はぐれてしまったイドルフリートを捜し出すことが目的だったのだから、彼が目の前にいるということはそれが果たせたも同然であり、何ら問題はない筈である。況してや、焦燥感を抱く必要や理由など皆無だというのに。

──じりじりと。
心奥から、何かどろりとした黒いものが噴き出してくる。その散開は光のように素早く、瞬く間に消えていくというのに、広がったそれは影のようにこびり付いて、決して離れようとはしなかった。
発散も出来ずに蓄積されていく、その憎悪にも似たえも言わぬ感情を抑えつけようと拳を強く握り絞めた。指先が白く変色し、爪が肉に突き刺さる。痛覚によって僅かに霧散したらしいそれを理性で押し殺し、それから、ゆっくりと口を開いた。

「──誰、だ?」

口内が渇いているのも相まって、やけに低く吐き出された言葉は、思いの外冷たく響いてしまった。
イドルフリートは元より、背後の王子までもが瞠目したままぴしりと固まってしまったのを見て、コルテスはああしまった、と小さく舌打ちをした。
気持ちを落ち着けようと深く息を吐き出すも、それによって空気の重苦しさが増したような気がして、そのあまりの気まずさに思わず頭を乱暴に掻く。

──嗚呼、くそ。

何故これ程までに気が立っているのか、その理由が解らないことに更にまた苛立ちを感じては、消化出来ずに蓄積していく。
本来ならばこのような感情など理性で押さえ込めるというのに、その肝心の理性が働いてくれない。それどころか、対極であろう筈の本能的な感情が剥き出しのまま外へと出ていこうとするものだから、たまったものではない。

(何だってんだ、一体)

感情のコントロールが利かずに途方に暮れていると、それまで固まっていた王子の硬直が唐突に解かれた。どうやら我に返ったらしい。
王子はイドルフリートから離れると、ゆったりとした足取りでコルテスの目前まで歩み出た。そして、「これは失礼」と軽く頭を下げながら、言葉を続ける。

「私は某国の王子です。…赤の王子、と申し上げれば御解り頂けますでしょうか」
「…赤、──ああ、あの」

探検家である以上、情報量は多いに超したことはない。その為、停泊した街々で情報収集を行うのだが、その際に何度か耳にしたことがある。容姿端麗やら好色やら、果ては特殊な性癖がどうのこうの等々、それはもう様々な噂を。どれも信憑性に欠けるものばかりだったが、ひとつだけ確実なものがあった気がする。
確か、

「──花嫁を捜して各地を回っている、とか」

記憶をなぞりながらそれを口にすると、王子は小さく笑んで「ええ」と頷いた。それから、コルテスを真っ直ぐと見つめながら「最も、」と目を細める。

「理想の花嫁なら、もう見付かりましたけれど」

意味深に目線を向けられて怪訝な顔をするコルテスに、王子はにっこりと笑って後ろに目を遣った。つられるように向けた視線の先に居たのはイドルフリートで、どうやら未だ理解が追い付いていないらしく、彼らしからぬ惚けた表情を浮かべている。

「…なんだ」

数分の間を置いて自分に向けられたふたつの視線に気付いたイドルフリートは、まさか見られているとは思わなかったのか、驚いたようにびくりと肩を跳ねさせた。然し、動揺を悟られたくなかったのだろう。誤魔化すように直ぐ様睨みを返してきた。
まるで小動物の威嚇のようだ。思わず笑みが零れそうになって、慌てて咳払いをして紛らわす。それと全く同じタイミングで、前方からくすりという笑いが聞こえて、コルテスは其方へと顔を向けた。

笑みを漏らしたのは当然というか、必然のことながら赤の王子で、彼は楽しげに「いや、何でもないよ」と言ってイドルフリートの頭を撫でた。それにイドルフリートが何か言うよりも早く、そのまま髪を掬いとると、ごく自然な動作でそれを口元まで運んでいく。
その際に、赤い瞳が一瞬だけ此方へと視線を走らせたのを、コルテスは見逃さなかった。
何となく不穏な予感がして、然し制することも出来ずにただただ事の成り行きを見守っていると、不意に王子が小さく笑んだ。
そして。

「僕のエリスは本当に可愛らしいな、と思って、ね」

──ちゅ、と。
軽いリップ音を立てて、その柔らかな金にゆっくりと口付けを落とすと、まるで見せ付けるかのように、そのまま頬をするりと撫でた。
金魚のように開閉を繰り返しながら顔を赤くするイドルフリートに軽く笑んでから、赤眼を狭めて笑みを差し替え、挑戦的な眼差しでコルテスを見遣る。

(ああ、)

その瞳を受けて、先程から渦巻いていた黒々としたものに、一気に全心が覆われた気がした。それは燃えたぎる炎のようにじりじりと身を焦がし、凶暴な性を高ぶらせていく。然しその一方で、底冷えするような冷気を以て情を凍らせ、驚く程の冷静さをもたらしもした。

(──そうか、)

沸騰しそうな本能と凍てつくような理性の狭間で、何処からか現れた水滴が炎を消火するように、或いは、その凍結を溶くように、不意に全てに合点がいった。
このよく解らない苛立ちも、赤の王子に対する嫌悪感も、普段ならば可愛らしいと感じる筈のイドルフリートの反応も。原因が判明してしまえばなんてことはない、至極当然のことだった。寧ろ、何故解らなかったのだろうかと、笑いさえ込み上げてくる。

「…コルテス?」

纏う雰囲気が変わったことを感じ取ってか、おずおずとした様子ではあるがイドルフリートが声を掛けてきた。それに軽く返事をしながら、さりげなさを装ってその前へ──正確には、赤の王子の隣へと歩み寄る。
にこやかな微笑を浮かべる王子に同様の笑みを返してから、コルテスはイドルフリートを振り返った。

右にはコルテス、左には赤の王子と、二人の男に両側から挟まれて、流石に困惑しているらしい。戸惑いの目線を向けてくるイドルフリートの頭を宥めるように撫でてやると、僅かに表情が柔んだ。
彼が頭を撫でられることを嫌いではないということをコルテスは知っていたので、なるたけ優しい手つきでそれを繰り返す。気持ちよさそうに目を細める様は宛ら猫のそれで、思わず小さく笑みが零れた。
然し、イドルフリートの耳にはしっかりと届いていたようで、「笑うな低能」と悪態を吐かれてしまった。へそを曲げてしまったイドルフリートに苦笑しながら、コルテスはゆっくりと視線を横にスライドさせる。
鮮やかな赤に敵意を滲ませた、鋭い瞳と視線がぶつかる。









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長いのでちょっきん
更に続きます、申し訳ない…!







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