*赤VSコル→イド




コルテスとイドルフリートは、次の航海に備えて街へと買い出しに出ていた。
首都というだけあって、そこは人の量も広さも甚大だった。
その凄まじさにコルテスは荷物を抱え直しながら、思わず「すげぇな」と一言呟く。

「こりゃ、はぐれねぇよう気を付けねぇと…。な、イド──って、あれ…?」

コルテスが話掛けながら後ろを振り返るも、そこには求める人物はおらず。
見知らぬ通行人が訝しげな目線を寄越してくるだけだった。

「イ、イド?」

慌てて辺りを見回すも、それらしき影はない。
先程まで確かに後ろを着いてきていたというのに、イドルフリートの姿は何処にも見受けられなかった。

全身から血の気が引いていく。
パニックに陥りそうになる頭を何とか落ち着けようと瞑想しながら、コルテスは深く息を吐き出した。

(──落ち着け、落ち着け。この人だ、大方人波に流されたんだろう。大丈夫、大丈夫。問題は何処ではぐれたかだ…)

記憶を手繰り寄せながら、ひとつひとつ遡っていく。
備品を買いに行ったときには確かに隣を歩いていたし、買い終えた後も荷物云々で文句を漏らしていたので居た筈だ。
途中で機嫌直しに酒を買い与えたから薬屋に行ったときは上機嫌だったし、店から出た後も御機嫌な様子で、次の目的地を口にしても文句ひとつ溢さず珍しく笑顔で応対していたし。

(…そういえばあの顔すげぇ可愛かったよな…っていやいや、)

違うだろ、俺。
頭を振りながら余計な記憶は削ぎ落としつつ、引き続きコルテスは思案を始める。

食材は最後に回したから、市場が最後だった筈。
多方面に貿易を行っているのか、珍品が多く集まっていて、興味深そうにそれを眺めては店主に尋ねていたから市場自体には居たのだろう。
然し、買い出しを終えた辺りからイドルフリートの姿を見掛けた覚えがない。
着いてきているものだとばかり思い込んで市場を後にしてしまったが、あれだけ興味をそそられるものがあったのだ、コルテスが去ったことにさえ気付いていないかもしれない。

取り敢えず宛が見付かって安堵の溜息を吐くも、若しかしたら入れ違いになるかもしれないと、コルテスは急ぎ足で市場への道を戻って行った。














所変わって、此方、市場から少しばかり離れた公園である。
そこに設けられたベンチに腰掛けながら、イドルフリートは不機嫌そうな顔で腕を組んでいた。

(…全く、あの低能は何処へ行ったんだ…!)

苛々と組んだ足を揺らしながら、イドルフリートは眉を寄せる。

(珍品に気を取られていたことは認めるが、何も置いて行くことはないじゃないか。過保護はどうしたんだ過保護は!)

どうやら、自分にも非があることは認めているらしい。
然し、気に食わないものは気に食わないようで、イドルフリートは忌々しげに髪を掻き上げた。
緩やかな癖のある金髪が、柔らかな午後の日射しを受けてきらきらと煌めく。

丸で映画のワンシーンのようなその光景に、園内の多くの人間は目を奪われ、特に女性はうっとりと目を細めてイドルフリートを見つめていた。
元々、恐ろしく整った顔立ちをしているイドルフリートである。
美しさに性別の枠はないというが、彼の場合は特にそれが顕著だった。
最も、本人は女顔だとコンプレックスを感じているようだが。

「誰かと待ち合わせかな?」

不意に掛けられた声に訝しげにイドルフリートが振り返ると、好印象とは言い難い笑みを浮かべた見知らぬ男が立っていた。
イドルフリートは眉を潜めると、無言でベンチから立ち上がった。

──この手の輩にはろくな奴がいない。
過去に嫌という程味わった経験から、イドルフリートにはそれがよく解っていた。
そのような経験がコンプレックスの原因であったりするのだが、それはまた頁の外側の話であるので割愛させて頂こう。

下賤な笑みの他に視線の煩わしさも相まって、イドルフリートは露骨に顔を顰めると、その場を立ち去ろうと踵を返した。
──したのだが。

「おっと、待てよ。無視はよくねぇな、兄ちゃん」

男に片腕を掴まれた為に、それは叶わなかった。イドルフリートは掴まれた腕を一瞥すると、男に鋭い目線を向ける。

「……離し給え」

イドルフリートの低い唸り声にも、男は下卑た笑みを崩さず肩を竦めるだけで、一向に拘束を緩める気配はない。それどころか、「気の強いところも良いね」等と宣いながら腰に手を回してくる始末。
元来あまり沸点が高くないイドルフリートである。そこで臨界点が突破するのは、仕方のないことだといえよう。

怒りのままにイドルフリートが口を開こうとした瞬間、何故か男の方から声が上がった。それも、悲鳴が。
突然のことにイドルフリートが目を瞬かせていると、不意に体を思い切り引き寄せられて、そのまま肩を抱かれる。頬に触れた髪の、覚えのあるさらりとした感触と色彩に、思わず目を見張いて其方へと顔を向けた。

「──済まない。彼は僕の連れなんだ」

不純のない柔らかな金色が、日の光に反射してきらきらと輝いている。それは、丸で彼自身が光を放っているかのようで、イドルフリートはぱちぱちと瞬きをして、二回程目を擦った。
男の方も、いきなり現れたイレギュラーに呆気に取られているらしい。あんぐりと口を開けて、見事な間抜け面をさらしている。

彼は、呆然としているふたりに小さく笑みを零すと、イドルフリートの髪を撫でながら「遅れてごめんよ」と言ってその額に唇を落とした。
途端、ぴしりと固まったイドルフリートに再びくすりと笑うと、金髪を振りまきながら男を振り返り、爽やかににこりと笑い掛ける。
そこで漸く我に返り、文句を言おうと慌てて口を開いた男に目を細めると、先程までの姿が嘘のように、彼はその表情をがらりと変えた。

──冷たい表情。虫螻でも見るかのような凍てついた瞳からは一切の感情を見受けられないのに、その口元は妖しく歪んで弧を描いており、纏った空気も黒く、寒々しい。
背筋から悪寒が奔り、体が戦慄する。男が無意識のうちに後退るのを、硝子玉のような赤い瞳に映しながら、彼は口を開いた。

「──失せよ。…下衆が」

その零度と重圧を孕んだ物言いは到底逆らい難く、又、吐き捨てるように付け足された言葉には多大な殺意が含まれていた。
男は体を大きく跳ねさせると、小さな悲鳴を上げて足早にこの場を逃げ去って行った。

男の背中を睨み付けながら、今一度「…下衆が」と悪態を吐いて、「さて、」と彼は腕の中を覗き込んだ。

「大丈夫だったかい、イドル」

未だ硬直しているイドルフリートの髪を優しく撫でながら声を掛ける彼の瞳は慈愛に満ちており、つい数分前までの冷たさ等微塵も感じられない。イドルフリートは「はあ…」とよく解らない呟きを漏らしてされるがままになっていたが、彼が頬に唇を寄せたところではっとしたように目を見開き、腕から逃れようと藻掻き始めた。

「──っ、離し給え…!大体、何故君がこんなところに…っ」
「職務で少しね。まさか君に会えるとは思っていなかったけれど」

嬉しそうに笑ってそう言ったかと思うと、「でも」と声のトーンを落としてその端整な顔を歪ませた。

「あんな愚物に絡まれているところに出くわすなんてね」

「思い出すだけで吐き気がする」と憎々しげに吐き出しながら、彼は抱き締める腕に力を込めてイドルフリートを強く抱き込んだ。慌ててイドルフリートは腕を突っ張るが、拘束は固く、びくともしない。息苦しささえ感じる力強い抱擁には流石の航海士もお手上げらしい。イドルフリートは不本意そうな顔をしながらも、好きなようにさせることにしたようで、抵抗を止めた。
それは、単に力負けしたからというだけでなく、何処となく彼の様子に違和感を感じたから故の対応でもあったのだが──。

イドルフリートは失念していたのだ。抑の原因──自分が何故一人でベンチに腰掛けていなければならなかったのかということを。











「………イド?」

恐る恐る、といった様子で掛けられた、その覚えのあり過ぎる声に、イドルフリートはびくりと肩を跳ねさせた。全身が一気に冷えていくのを感じながら、首だけで後ろを振り返る。

漆黒の短髪に、白い外套。そこから剣の柄の白銀がきらきらと光ながら覗いている。走ってきたのか、精悍な顔には汗が伝い、顎髭を湿らせていた。
驚愕の眼差しを向けてくる男に、イドルフリートはぎこちなく笑いながら応えた。

「……やあ、コルテス」









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すみません続きます…!







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