*赤イド
*吸血鬼パロ





暗闇の中を、蝋燭の炎がゆらゆらと踊っている。窓を飾る緋色のカーテンは分厚く、光を遮断するかのように締め切られていた。

時は二時を少し過ぎた頃で、寝静まった街からは、耳を煩わせる騒々しい喧騒も騒音も聞こえない。
時折、思い出したかのように、寝息のような風がひゅうひゅうと吹くばかりである。

不意に、風音に混じって羽音が聞こえたような気がして、青年はゆっくりと目蓋を上げた。何度か瞬きを繰り返した後、億劫な動作で上半身だけ身を起こし、カーテンをじっと見つめる。

「……出て来たらどうだい」

翡翠の瞳を細めながら青年が呟くと、一陣の風が部屋を襲った。凄まじい音を立てて吹き荒れる風の中、青年は乱れる髪を手で押さえ付けながらも変わらずカーテンを──否、窓の向こうを見つめていた。

やがて強風が収まると、室内に仄かな明かりが差し込んでおり、緋色のカーテンが穏やかに風と踊っていた。
先程まで確かに閉められていた筈の窓は開け放たれ、そしてその向こう──詰まりは、窓の外側に、ひとりの青年が佇んでいた。否、正確には──、浮かんでいた。

ばさばさと黒く大きな蝙の羽のようなものを動かしながら浮かんでいる青年に、けれども、室内の青年は別段驚いた様子もなく、手櫛で髪を直しながら只只迷惑そうに眉を寄せただけであった。

「…君は普通に入って来れないのかい」
「そうだな。君が鍵さえ外してくれれば、『普通に』お邪魔するけれど?」
「そんな低能な真似、私がする訳ないだろう」

青年は深々と溜息を吐くと、頭を掻きながら「それで?」と室内に降り立った青年に訊ねた。

「今日は何の用かな?──吸血鬼殿」

吸血鬼と呼ばれた青年はにっこりと笑うと、まがまがしいまでに赤い瞳を細めめて、ゆるりと口角を上げて見せた。歪んだ口元から、鋭い犬歯が覗いている。

「ディナーを少々、ね」

妖しく笑んで近付いてくる吸血鬼に、青年はやれやれといった様子で肩を竦めた。

「私の血は高いぞ?」
「ふふ、知っているよ。君の血は極上だからね。──それこそ、君以外受け付けられぬ程に」

何時の間に距離を詰めたのか、吸血鬼は寝台へと近寄ると、恭しく跪いて青年の手を取り口付けた。紳士が淑女に施すようなそれに、青年はぴくりと片眉を上げる。
そんな青年等お構い無しに、吸血鬼はそのまま舌を這わせ出した。清廉な白肌を赤い舌が蹂躙しては、危うげな官能へと誘うように蠢いている。

「…っ、離し給え」

吸血鬼は青年の制止等聞こえていないかの如く、懇切丁寧に舌を這わせる。骨を辿るように動かし、手の甲や平だけでなく、指と指の分かれ目、爪と肉の間まで、余すことなく愛で尽くす。
時折、悪戯に吸い付かれたり甘噛みされて、その度に青年は上ずった声を上げそうになり、慌てて唇を噛み締めてはやりすごした。

「…ぁ、君、は…っ、血を吸いに来たんだろう…!」
「そうだよ」
「だ、ったら、…っ、さっさと、済ませ給え…っ」

乱れた呼吸のままそう告げる青年に、吸血鬼は「そうだね」と笑って今一度そのほっそりとした手に唇を寄せた。ちゅ、という軽いリップ音が響いて、青年は僅かに頬を朱色に染める。

吸血鬼は満足気に微笑むと、漸く顔を上げて青年を見つめた。赫と翡翠が交差して、視線が互いに絡み合う。
不意に青年が視線を外したと思うと、無言で吸血鬼に背を向けた。そして、長い金髪を左肩へと寄せて自らの手で一まとめにすると、首元を曝すように左へと首を傾ける。

差し出された白い首元を見て、吸血鬼は唇を一舐めし、その赫い瞳を三日月のように細めて、薄い唇で弧を描いた。

「嬉しいサービスだね」
「…別に。言ったろう、私はさっさと済ませて休みたいんだ」
「素直じゃないなあ。まあ、そういうところも君の魅力のひとつだけれど」

くすくすと笑いを溢す吸血鬼に、青年は不機嫌そうに「…ほう」と呟いて、目だけで後ろを振り返った。

「…私の血は必要ないと?」

吸血鬼はわざとらしく目を見開いて、「まさか!」と大袈裟に驚いてみせる。
その反応に益々気分を降下させたらしい。青年は小さく鼻を鳴らすと、目線を戻して言い放つ。

「だったら、早くし給え。……夜が、明けるだろう」

ぽつりと弱々しく付け足された言葉に、今度こそ驚いた吸血鬼は僅かに目を見張った後、言葉の裏を理解して小さく苦笑した。

何でも、吸血鬼というものは夜間に活動し、昼間は身を隠しているもの、らしい。不老不死という話もあれば、十字架と大蒜に弱く、太陽を浴びると灰になるだの、昼間に心臓を杭で打てば死ぬだのと、兎に角様々な俗説がはびこっている。
全てが嘘とは言わないが、かといって真実でもない。実際問題、不老不死に近い存在ではあるし、太陽に弱いことも事実である。まあ、だからといって、日の光を浴びれば灰になるかと問われれば、答えは否なのだが。

恐怖というものは、知っているからこそ増す場合と、そうでない場合がある。
そして、吸血鬼という非現実的で空想上にある生き物に対するそれというのは、間違いなく後者である。
知らないからこそ恐怖は煽られ、煽られた恐怖によって更にそれは増幅し、膨らんでいく。そして、何倍にも膨れ上がった恐怖が様々な臆測を呼び、噂か真か判断がつかぬ噂が飛び交うのだ。

彼等にとって、人々が恐怖心を抱けば抱く程活動が楽になるので、噂を真実のように見せ掛けることはしようとも、正したりはしない。わざわざ自ずから弱点を曝け出す必要もなければ利点もないからである。
それは相手が誰であろうと何であろうと変わらない筈であったが、然し。

──あんな態度にさせる位なら、教えれば良かった、など。

(…参ったな)

どうやら血のことを差し引いたとしても、自分で思っていた以上にこの青年に惹かれているらしいということに気が付いて、吸血鬼は頬を掻いた。

(人間に恋する吸血鬼なんて…三流映画もいいとこだ)

吸血鬼が自嘲気味に笑っていると、何時まで経っても始めないことを訝しんだのか、青年が不安げな声色で声をかけてきた。

「…本当に要らないのかい…?」

吸血鬼は首を振って、「いや、戴くよ」と答えると、青年の頭を優しく撫でて、安心させるように「只、」と口を開いた。

「そう──、君の美しさに見惚れていただけさ」
「…んっ、」

そう言って、青年の首元へとゆっくりと唇を近付けると、慈しむように舌で舐めあげた。
ぴくりと体を震わす青年に目を細めて、透き通るような肌に軽く歯を立てる。

「──戴きます」

犬歯が肌を突き破る感覚に眉を寄せながら、青年は気丈に笑って言葉を返した。

「…どうぞ、召し上がれ?」












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吸血鬼パロ\(^O^)/
吸血鬼赤王子と人間イドルでお送りしました







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