*捏造
*CP要素薄





宵闇の森を抜けると、古びた井戸がある。何処までも続いているような深い穴は仄暗く、障気にも似た得体の知れぬどす黒い何かを放っていた。
覗くことさえ憚れるその井戸の底を、けれども青年は躊躇うことなく覗き込んだ。

「Guten Abend.青の王子です」

青年──青の王子の凛とした声が、井戸のみならず森の中にまで反響する。声に驚いたのか、烏が無数、羽音をたてながら空へ羽ばたいていった。
丁度足元に舞い落ちたその黒い羽根に自然と目がいって、なんとなしにそれに手を伸ばす。
艶やかな漆黒が時折、光を受けて鈍く光る。その黒と白のコントラストが想い人の髪色を彷彿とさせて、青の王子は僅かに目を細めた。

烏の羽根と似ていると言ったら、彼は何と言うだろうか。
その情景を想像して頬を緩ませたところで、そういえば先程の挨拶に対する反応が返ってきていないということを思い出し、王子は井戸を振り返った。
そして──目を見張った。

それは、無人だった井戸の縁に、人が腰掛けていたからではない。
組んだ足の上に頬杖をついて、身を乗り出すように此方を見つめている翡翠に。
それから、風に流されて踊る、金の柔らかな髪色に。
何より、病的に白い肌の、あどけなさが残る顔立ちに、丸で見覚えがなかったからだった。

幾度となくこの場所に訪れているだけに、王子は驚きを隠せなかった。
井戸に居るのは、情人である宵闇の屍揮者と、その友人である人形の姫君だけ。そう思い込んでいただけに、この見知らぬ少年の出現は彼にとって大きな衝撃だった。

少年は呆然と佇む王子に興味深そうに目を細めると、無邪気なまでににっこりと笑ってみせた。
そして、紫がかった小さな唇をゆっくりと開く。

「Guten Abend,青の王子さま。なにかご用ですか?」

笑いながら窺い見てくる少年に王子ははっと我に返ると、誤魔化すように咳払いをひとつして、佇まいを正した。

「…屍揮者殿はいらっしゃいますか」
「屍揮者?……ああ、メルヒェンのことでしょうか。彼なら、生憎と出掛けています」

「言付けを承りましょうか?」と首を傾げる少年に、王子は少し思案した後、「いいえ」と首を横に振った。さらりとした金髪が、空気を含んで緩やかに広がる。

「けれども…、私が会いに来たとだけ、伝えて下さいますか」
「わかりました」

笑いながら頷く少年の顔が誰かに似ているような気がして、王子は思考を巡らせるも、直ぐに思い至った。
──メルヒェンだ。
この少年は、髪と瞳の色は違えど、メルヒェンにそっくりだった。
幼い時分を見たことはないが、きっと彼の幼少はこのような容貌だったのだろう、と容易く繋がる程に、彼と少年は酷似していた。

彼に縁者は居ないとばかり思っていたが、これだけ似ているのだから、若しかしたら親類なのかもしれない。
屍者に血の繋がりがあるかどうかは王子の知り及ぶところではないのだが、赤の他人にしては如何せん似すぎている気がした。

長く眺めていただけに、流石に視線に気付いたらしく、少年は不思議そうに王子を見上げた。

「どうかしましたか?」
「…いえ。よく似ていらっしゃるな、と。…ええと、君は、メルの──、失礼。メルヒェンの弟御で?」

王子の言葉に少年は目を瞬かせると、押し殺したような声を出して顔を俯かせてしまった。
表情は解らないのだが、下を向く瞬間、少年の口元が愉悦に歪んだような気がして、王子は僅かに目を見開いた。

「…弟、弟か。まあ、そう思うのも仕方がないことかもしれないが…、それにしては些か安直過ぎる」

肩を揺らしながらくつくつと嗤うその様相は少年とは言い難く、不釣り合いに上げられた口角から、王子は目を離せないでいた。
──この子供は、何だ。

「低能な王子等彼ひとりだと思っていたが…、どうやら、それは私の思い込みだったようだ。それとも、王子というのは皆低能なのかな?………まあ、いい」

少年は長い独り言の後、自己完結したらしい。
漸く顔を上げると、未だ言葉を失っている王子に向かって、先程の姿が嘘のように初対面時と同様ににっこり笑って口を開いた。

「──いいえ。ですが、似たようなものですよ。僕とメルに繋がりがあることは確かですから」
「……きみ、は…」

呆然と呟いた言葉に、少年はきょとんとした顔をする。
その仕草は正しく年相応で、先程の姿は見間違いだったのかもしれないと王子は胸を撫で下ろした。

「名前のことでしょうか?それなら、…そうですね」

本当は何者なのかと訊ねようとしたのだが、勘違いであるのならばそんなことを聞く必要はあるまい。王子は少年の言葉に小さく頷いて、続きを待った。

少年は考え込むように視線を上へ泳がせると、王子の瞳を真っ直ぐ見つめて悪戯に笑った。
歪んだ口角と、細められた愉悦に満ちた深緑の瞳。
それはそれは、妖艶な笑みだった。

「──エス、と呼んで下さい」
















「…あれ。誰か来ていたのかい?」

漸く戻った屍揮者とその相方を、少年は至極機嫌が良さそうに笑って迎え入れた。

「ああ、メル。それにエリーゼ。お帰り」
『あら、ご機嫌じゃない。何かあったの?』
「ふふ、解るかい?」

愉快そうに笑う少女人形──エリーゼを抱き上げて、その小さな体を膝に乗せる。少年は笑いながら、絹糸とは思えない程に艶やかな彼女の髪を、優しく撫でてやる。
エリーゼは機嫌良くされるがままになっていたが、何かに気付いたように瞠目すると、途端に不愉快そうに眉を寄せた。

「どうかしたのかい、エリーゼ」

エリーゼの様子に一早く気が付いたメルヒェンが、不思議そうに首を傾げる。
エリーゼは忌々しげに唇を噛み締めると、少年の膝から飛び降りて、メルヒェンへと抱き付いた。

『メルは私だけのメルなのよ!』

メルヒェンの首に腕を回しながら、エリーゼは少年に向かって叫ぶように言い放った。
少年は肩を竦めながら「解っているよ、エリーゼ」と宥めるように言葉を返す。
ふたりのやりとりを眺めながら、メルヒェンは眉を潜めた。完全に蚊帳の外である。

「…状況が読めないな。何なんだい?」

離すまいと力強く抱き付いてくるエリーゼに困惑しながらも、彼女を腕の中に抱えてやりながら、メルヒェンは少年へと顔を向けた。
少年はにんまりと弧を描くと、「青の王子だよ」と答えた。

「中々の低能ぶりだったぞ?彼の中では私と君は兄弟らしい」
「…兄弟」
「因みに、私が弟で君が兄だそうだよ」

更に深く眉間に皺を寄せるメルヒェンに、少年は心底愉しげに告げた後、何を思ったかいきなり立ち上がるとメルヒェンへと近付いた。
訝しむメルヒェンを余所に、徐に彼の服を掴むと、首を傾げながら上目でメルヒェンを見つめる。

「…なんだい」
「──お兄ちゃん」

途端、露骨に顔を顰めたメルヒェンに、少年は声を立てて笑った。
そんなふたりの様子に、エリーゼは先程までの機嫌の悪さは何処へやら、『あら!』と嬉しそうな声を上げると、少年に向き直った。

『可愛いじゃない!私のことも同じように呼んで頂戴』

エリーゼのお願いに、少年はひくりと口元を引きつらせた。
硬直してしまった少年の変わりに、まさかと思いつつも確認の為、メルヒェンが彼女に訊ねる。

「…ええと、どっちで?」
『あら、メルが兄なら私は姉に決まってるじゃない!ほら、早く!』

矢張り、と顔を片手で覆うメルヒェンの横で、エリーゼに急かされて、不本意そうな顔をしながらも少年はおずおずと口を開いた。

自発的に言うのと強制されて言うのでは随分と心境が違うらしく、少年は先程とは打って変わって、頬を薄らと赤く染めながら、照れ隠しなのだろう、眉を寄せて泳がせた視線のまま、ぽつりと呟いた。

「……、おねえ、ちゃん」
『まあ可愛い!』

きゃいきゃいとはしゃぐエリーゼに、少年は赤い顔のまま「…止めてくれ」と呟いた。

『あら、何故?とっても可愛いのに。ねぇ、メル?』
「そうだね、エリーゼ」

エリーゼに同意するメルヒェンを一睨みすると、少年は外方を向いて「…もういいだろう」と呟いた。

「君達は戻ってきたことだし、私は帰らせて貰うよ」
『あら、もう?』
「何かあるのかい?」

メルヒェンの問いに、小馬鹿にしたように「低能だな君は」と鼻を鳴らした後、少年は口を結んで目を伏せた。長い睫毛が、切なげに震える。

「……少し、疲れただけさ。人に──否、生者に会うのは久方ぶりだったからね」

息を吐き出して静かに笑うと、メルヒェンとエリーゼに背を向けて、少年は井戸の縁へと足をかけた。
振り向きざまに「まあ、」と言葉を発すると、右手を上げながら好戦的に笑ってみせる。

「何かあったら、呼んでくれ給え」
「そうさせて貰うよ。──イドルフリート」
『またね、イド』



















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リハビリです
いつになくまとまりがなくて申し訳ない…
メル→子供のとき死→死んでから大人
イド→大人のとき死→死んでから子供
という発想を元に出来たお話です\(^O^)/







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