*冬闇冬
*これの続き






込み上げる熱と甘い疼きから逃れるように、天井を仰ぎ見る。
ぼやけた視界の中で、土壁が炎のようにゆらゆらと揺れていた。

(──嗚呼、揺れているのは、僕か)

メルヒェンは天井から目を離すと、定まらない焦点のまま視線を彷徨わせた。
やがて目の前にイヴェールの姿を認めると、思い出したように唇だけで「ああ、」と呟いた。

(そうだ、イヴェールが泊まりに来て──それで、…あれ?)

曖昧な記憶を呼び起こそうと思考を巡らせるも、体に奔る淫猥な痺れが邪魔をして、どうにも上手くまとまらない。
それどころか、次第に頭の中が白んできて、意識すらも危うくなってきた。

何もかもを丸投げにしようとする脳に抗ように、メルヒェンはぼんやりとだが、確かに疑問を投げ掛けた。

──何故こんなことになったのだろう、と。












その日、数日前の約束通り、イヴェールは宵闇の森へ泊まり込みで遊びに来ていた。
暫くは取り留めのない話題で談笑していたのだが、イヴェールが小さく欠伸を溢したことでそれは切り上げられ、代わりに談議が開始されたのだった。
そしてその談議とは、言わずもがなイヴェールの睡眠恐怖症についてである。

「不眠症とは違うんだよね?」

首を傾げながら訊ねるメルヒェンに、イヴェールは思案するように天井を仰いで口を開く。

「うーん…結果としてはそうなんだけど、本質としては違うかな」

不眠症とは、安眠出来ない夜が慢性的に続く状態のことを指すのだが、イヴェールの場合はそれとは少し異なった。
今陥っている症状としては確かにそれなのだが、それに至るまでの経緯が大きく違っているのだ。
眠ることが「出来ない」のではなく、眠ることが「怖い」のだから。

「あとは睡眠障害といったらナルコレプシーだけど…でも、隈が出来てる時点で違うだろうし…」

唸りながら腕を拱くメルヒェンに、「そうだねぇ」と苦く笑いながら、イヴェールは困ったように眉を下げてメルヒェンを見つめた。
然し、イヴェールの視線に気付いていないらしく、メルヒェンは暫く考え込んでいた。
やがて唐突に「…あれ、」と声を上げると、不思議そうな顔でイヴェールを見つめる。

「でも夢を視るってことは、浅いけれど眠ってはいるってことだよね?」
「そう、だね。少なくとも10〜30分は寝てるってことになるかな」

イヴェールの返答に少しばかり顔を明るくさせたメルヒェンだったが、小さく付け足された「…一週間に一回位は」という言葉に体を硬直させ、次いで盛大に顔を歪めた。

「…イヴェール」
「あ、はは」

咎めるように低く名を呼ぶメルヒェンに、イヴェールは誤魔化そうと渇いた笑い声を上げる。
然し、直ぐに肩を落とすと、しゅんとした様子で「…ごめん」と小さく謝罪した。

「…折角メル君が色々考えてくれてるのに……本当にごめんね」

予想外に落ち込み出したイヴェールに、慌てたのはメルヒェンである。
「い、いや、」と吃りながら、焦ったような声で続ける。

「イヴェールが悪い訳じゃ…!君だって好きで寝てない訳じゃないんだし、その…、僕の方こそ、ごめん」

申し訳なさげに眉を下げて頭を下げるメルヒェンに、イヴェールは小さく「メル君…」と呟くと、そのまま勢いよく抱き付いた。

「──っわ、」
「メル君〜っ」

驚きの声を上げるメルヒェンに構わずに、イヴェールは腕の力を強めてぎゅうぎゅうと彼を抱き締める。
いきなりのことで戸惑いながらも、メルヒェンがおずおずとイヴェールの背中に腕を回すと、殊更嬉しそうにイヴェールが笑った。

「メル君大好きっ」
「──へ、」

語尾にハートマークが付きそうな位に甘ったるい声で甘ったるい言葉を言われて、メルヒェンは目を見開いて硬直した。

「…っ、」

然しそれも一瞬で、直ぐに顔を真っ赤に染めると、あからさまにあわあわと狼狽し出した。
メルヒェンの異変に気付いていないのか、イヴェールは尚も嬉しそうに「メル君メル君」と言っては戯れるように抱き締めてくる。
メルヒェンは困り顔でどうしようと心中で呟いた。

密着している為に、普段ならば到底知り得ない事柄がいとも容易く解ってしまう。
体温、だとか。線の細さ、だとか。体の柔らかさ、だとか。

嫌、ではない。
寧ろ、その逆だった。
そして、そうだからこそ──、問題なのだ。

何時もより早く脈打つ心臓を落ち着けようと、メルヒェンが小さく息を吐いた、瞬間。

「──ひァ、ん」

びくりと体を震わせたイヴェールの口から何とも可愛らしい喘ぎが聞こえて、メルヒェンは目を瞬かせた。

「…イヴェ、ル……?」

呆然と呟いたメルヒェンに、イヴェールははっとしたように顔を上げると、真っ赤な顔で「ゃ、あのっ」と焦り声を上げた。

「み、耳、に、息が当たって…、きゅ、急だったからびっくりしただけで…!ぁ、その、わ、忘れて…っ」

恥ずかしそうに顔を俯かせるイヴェールに、メルヒェンは「うん…」と頷きながら、自分の頬が熱くなるのを感じた。
それが只単にイヴェールにつられたからなのか、はたまたその嬌声に煽られたからなのかは、彼の知る由ではないが。

(…イヴェールには悪いけど…、…忘れる、のは…、難しいかもしれない…)

先程の声を思い出してひとり赤面しながら、それを打ち消すようにメルヒェンは慌てて頭を振る。

(…っ、そうじゃなくて、忘れるんだ…っ!だ、大体、こんなこと考えてる場合じゃないだろう…!イヴェールの睡眠不足を解消させるんだから…っ)

葛藤するメルヒェンを知ってか知らずか、先程のこともあって気まずそうに「…あの、」と声を掛けるイヴェールに、メルヒェンは弾かれたように「ぇっ、あ、なに!?」と吃り声を返した。
そんなメルヒェンの様子に少々驚きながら、イヴェールは「…あ、あの、ね?」と躊躇いながら切り出した。

「思ったんだけど……、夢って、浅い眠りのときに視るでしょう?だったら、深い眠りになるようにすれば良いんじゃないかなって」
「…確かに、熟睡していれば夢は視ないね。でも、どうやって?」

漸く落ち着きを取り戻したらしい。
訝しげにイヴェールを見遣るメルヒェンに、イヴェールは「うん」と頷きながら口を開いた。

「色々方法はあると思うんだけど…体を疲れさせるのが一番手っ取り早いんじゃないかと思うんだ」

イヴェールの言葉を復唱するように「疲れさせる、か…」と呟いて、メルヒェンは「どうせだったらさ」と投げ掛ける。

「折角遊びに来てる訳だし、ふたりで出来ることが良いよね。それも、室内でさ」

メルヒェンの言葉に、今度はイヴェールが考え込む。
「…そうだなあ」と眉を寄せて、顎に手を当てながら暫く思案していたが、やがて何かを閃いたらしい。
「あ、」と小さく声を上げると、破顔しながらメルヒェンに顔を近付けた。

「こんなのはどうかな!?」











──思えば、その提案こそが、抑の発端だったのかもしれない。









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漸く再開^^;
長くなりそうなので切りました><







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