*赤イド+王闇
*イドル総受風味





目の前に広がるその光景に、メルヒェンは只只困惑し、イドルフリートは盛大な溜息を吐いた。

「君は相変わらず頑固だね」
「頑固で結構。貴殿のその理解し難い趣向もお変わりのないようで」
「君にだけは言われたくないな。『特殊な性癖』の王子様?」
「それは此方の台詞ですよ。『好色』王子殿」

互いに微笑を携えながら向かい合うのは、赤と青の両王子だった。
態度や仕草は柔らかな赤と、口元の笑みは穏やかな青の両王子だが、双方共に丸で目が笑っていない上に放たれる言葉に多分な刺が含まれている。
どことなく冷たい空気が吹き込む中、古井戸に腰掛けながらメルヒェンとイドルフリートはそれを傍観していた。

「…何だろう、これは」
「…さあ」

呆然としたメルヒェンの、その呟きにも似た問いかけに、イドルフリートは少々げんなりとした様子で答えた。

「茶番劇じゃないかな。それも、うんと出来の悪い」

メルヒェンは「ああ…」と溜息混じりに頷くと、王子達から視線を外して、イドルフリートへと向き直った。

曰く、茶番劇とやらに白けた視線を向けるイドルフリートの柳眉は寄せられており、その額に無数の皺を刻んでいる。
切れ長の瞳は細められ、形の良い薄い唇は不愉快そうに歪んでいた。
元々が整っているだけに、その怒気を孕んだ表情は実に威圧的である。
すらりとした足と腕が組まれていることも、それに拍車を掛けているかもしれない。

そんな不機嫌そうなイドルフリートを眺めながら、美人が怒ると怖いというのは本当なのか、とメルヒェンがひとり感心していると、不意にイドルフリートが呟いた。

「……低能だな」
「へ?」

低く溢されたその言葉に反応出来ずに、メルヒェンが思わず聞き返すと、イドルフリートは視線はそのままに、「低能だよ」と繰り返した。

「全く、実に下らない。仮にも一国の王子が顔を合わせた途端に口論とは。揃いも揃って、本当に低能なことだ」

「そうは思わないかい?」と言いながらメルヒェンを振り返ったイドルフリートだったが、メルヒェンの顔を認めると、首を傾げて「……ええと、」と口籠もった。
そんなイドルフリートを不思議そうに見返して、やがて納得したようにメルヒェンは「ああ」と声を上げ、口を開いた。

「メルヒェン。Marchen・von・friedhofだ」

名を告げたメルヒェンに、イドルフリートは軽く目を瞬かせると、次いで興味深げに頷いた。

「…ほう。『童話の墓場』とは、中々洒落た名をお持ちだね、フリートホーフ殿」
「メルで良い。…誉め言葉として受け取っておくよ。──君は?」

揶揄にも取れるその言葉に気分を害した様子もなく、メルヒェンはイドルフリートを見つめ返す。
メルヒェンの問いを受けて、はっとしたように「これは失礼」と謝罪すると、イドルフリートは佇まいを正して、徐にメルヒェンの蒼白い手を取った。
不思議そうにイドルフリートを見つめるメルヒェンに小さく笑んで、その甲に恭しく口付けを落とす。

「──っ!?」

その突然の行動に驚き顔を赤くさせるメルヒェンを満足げに見つめると、やけに芝居掛かった動作で深々と頭を下げた。

「私の名は、Idolfried・Ehrenberg.イド、と呼んでくれ給え」

そう言って勝ち気に笑んでみせたイドルフリートに見惚れたメルヒェンは、先程のことなど頭から吹き飛ばして、改めて認識した。
そして、無意識にそれが口から零れ落ちていた。

「──美人だ」

思わず、といった声色でメルヒェンが零した言葉に怪訝な顔をしたイドルフリートだったが、やがてその意味を理解したようで、大きく目を見開いたかと思うと、その白い頬に紅を散らした。

「……っ、な、」

赤くなった顔を隠そうと掌を口元に当てて俯くイドルフリートの反応を見て、漸く自分が何を口走ったのか気が付いたらしい。
メルヒェンは慌てた様子で取り繕うように口を開いた。

「あ、いや、その。君を初めて見たときから整った顔をしているな、と思っていて。でも、笑った顔が予想以上に綺麗だったから、思わず呟いてしまっただけで、悪い意味じゃないんだ」

俯いてしまっている為に表情が見えないメルヒェンは、先程の発言がイドルフリートの気分を害してしまったのだと思い込んでいるらしく、必死に弁解の言葉を述べる。

「あ、いや、勿論、笑った顔以外も綺麗だよ」
「……わ、かった、から」
「だから、何ていうか…、美人だなって、心底そう思ったんだ」
「……っ、」
「え、と…イドルフリート?」

おずおずとイドルフリートの顔を覗き込んだメルヒェンは、浮かべられた表情に驚いたように瞠目して目を瞬かせた。

整った眉は頼りなさげに下がっていて、眼光は先程までの鋭さをなくし、困惑を孕んで揺れている。
その目元は赤らんでおり、白い頬にも赤みが差して、顔全体を真っ赤に染め上げていた。

何といったらいいのか解らずにメルヒェンが狼狽していると、イドルフリートが俯いたまま、上目に見るようにしてメルヒェンを見つめながら「……その、」と小さく切り出した。

「……あまり、慣れてなく、て。…対応に、困るだけ、で…、その、嫌とか、そういうことではなくて、詰まり、あの、」

動揺しているのか、上手く言葉が出てこないらしいイドルフリートは、目線を多方に彷徨わせながら懸命に言葉を紡ぐ。
メルヒェンはそんなイドルフリートを急かすことはせず、耐えるように見守って続きを促した。

「……照れる、から…、あまり、言わないでくれないか…?」

ほとほと困ったといった表情で消え入るように呟いたイドルフリートの言葉に、メルヒェンは辛抱堪らずといった様子で──、思い切り抱きついた。

「──可愛いっ」
「っゎ、」

ぎゅうぎゅうとイドルフリートを抱き締めながら、メルヒェンはその肩口に頬をすり付けるようにして顔を押し付けた。

「美人だと言ったけど、撤回するよ!イド、君、凄く可愛いっ」
「っ、ぇ、ぁ」
「ほんと、可愛い」
「〜〜っ」

どうやら、メルヒェンは可愛いものに目が無いらしい。
顔を綻ばせながら、動物を愛でるように接してくるメルヒェンに、イドルフリートは赤面したままされるがままになっていた。

イドルフリートが混乱したまま狼狽えていると、不意にメルヒェンの動きが止まった。
然しそれも一瞬で、イドルフリートを抱き締める腕に力を込めると、威嚇するように低く「…なんだい」と唸りを上げた。

メルヒェンの様相に訝しみながらも、腕に閉じ込められている為に身動きの取れないイドルフリートは、耳を尖らせて様子を伺うことしか出来ない。
何とか顔だけでも動かそうと身を捻り、漸く其方に向き直ったイドルフリートの視界に飛び込んできたのは、目を見開きながら此方を仰視している、至極真剣な両王子の顔だった。

「…口論は、どうしたんだい」

少々面食らいながらイドルフリートが訊ねると、王子達は「いや…、」と呟いてから言葉を続けた。

「ふと見たら、君達が仲良さげに談笑していたから」
「下らない口論をしている場合ではない、と思いまして」
「慌てて打ち切って、声を掛けようと思ったんだけど…」
「ええ。そう思ったんですが…」
「──あまりにも、可愛らしくて」

最後だけ二人同時にそう言って、王子達は感嘆混じりに溜息を吐いた。
メルヒェンは僅かに頬を赤くさせながら、誤魔化すように咳払いをして王子達を睨み付けた。

「放っておいたくせに何を今更。僕はイドと話しているから、君達は不毛な言い合いを続けてくれ給え」

そう言って更に強くイドルフリートを抱き締めるメルヒェンに、王子達は焦ったように駆け寄りながら口を開いた。

「申し訳ありません、メル。可愛らしくてつい…。君を放った心算はなかったのですが…」
「現にそうだったじゃないか」
「…そんなことは良いから、好い加減、僕のイドルを離してくれないかい?幾ら可愛らしいと言っても、流石に我慢出来ない」
「お断りするよ」

きっぱりと言い切ると、メルヒェンは庇うように身を捻ってイドルフリートを体で隠した。
赤の王子はぴくりと片眉を動かして、メルヒェンを冷めた目で射抜くように見つめる。

「…へぇ。良い度胸だね、フリートホーフ」
「君に言われても嬉しくないな、好色王子」

静かに火花を散らすふたりを横目に、青の王子はメルヒェンの機嫌を直すにあたってどうすれば良いのか苦心していた。
頭を悩ませながらも、想い人が自分以外の人間に触れているというのは矢張り気に入らないようで、恨めしげな目線をイドルフリートへと向けた。

メルヒェンの体でよく見えないが、どうも俯いているらしい。
先程に比べるとやけに静かなイドルフリートを不思議に思って、青の王子が「エーレンベルク卿?」と声を掛けると、その肩がぴくりと跳ねた。
然し、それきり顔を上げる様子のないイドルフリートに、青の王子は何となく近寄って顔を窺った。

「……ぇ、」

驚愕の声を上げた青の王子につられて、睨み合っていたメルヒェンと赤の王子がイドルフリートへと顔を向けた。
そして──、盛大に瞠目した。

先程よりも一層顔を赤くさせたイドルフリートは、今にも泣きだしそうな表情をしていた。
視線を集めていることに気付いて更に羞恥に染まったイドルフリートは、視線から逃げるようにメルヒェンの体に身を潜めた。

「……イド、ル?」
「…イド……?」

呆気にとられたように名を呼ぶふたりに、イドルフリートはメルヒェンの肩から目だけを覗かせると、懇願するように呟いた。

「……も、放っておいてくれ…!」
「なに、」
「…美人、だとか、可愛い、だとか…っ、…勘弁してくれ…っ」
「ええと、」
「ど、したら良い、か…、解らない、から……っ、ぅ、〜〜〜低能っ!」

吐き捨てるようにそう言って、それきりメルヒェンの腕の中に引っ込んでしまったイドルフリートに、三人は同じことを思ったという。
──可愛い、と。










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イドルさん総受風味^^







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