*青髭×青王子




──思えば、何時だって警鐘は鳴り響いていたのだ。

城内に足を踏み入れた、その瞬間に感じた寒気。
常に見られているように、体に感じた視線。
そして、漂うこの腐臭。
王子は眉を寄せながら、何故気が付かなかったのかと己の愚かさを責めた。

抑、この城自体、酷く非現実的で歪んでいた。
常に薄暗く閉鎖的なその雰囲気は、丸で朝の訪れを知らないようで、それだけを取れば彼の意中の屍揮者が居る森によく似ていた。
然し、その暗闇の中に紛れるように滲む狂気の色が、城と森とを異なるものに隔てている。

ひんやりと冷えきった廊下とは違う、得体の知れない別の何かが苛むように体を冷やす感覚に、王子は小さく身震いした。

(……此処は、何か、可笑しい)

身を守るように腕を組んでそこを擦りながら、王子は辺りを見回した。
──長い廊下だ。
床には緋色の絨毯が敷かれ、壁には多くの絵画が飾ってある。
王子は徐に壁に近寄って、飾られた中の一枚を見遣る。
どうやらそれは肖像画のようで、描かれていたのは艶やかな黒い髪の、美しい女性だった。
白い華飾衣に身を包み、穏やかな笑みを浮かべている。
隣の絵画へと目線を移すと、それも又肖像画だった。
今度は別の、然し矢張り美しい女性が描かれており、彼女は照れたように微笑んでいた。

五枚程女性の肖像画が並んだところで、今度は抽象画が飾られていた。
先程の肖像画とは正反対の、何処か不穏な気配を纏ったそれらも五枚で終わっており、その奇妙な共通点に何か引っ掛かりを覚えて、王子は小さく首を傾げた。

(偶然だろうか。然し、それにしては何か…)

王子が考えを巡らせようとしたところで、それを遮るように後ろから声が掛かった。

「嗚呼、こんなところにいらしたのか。お待たせしてしまって申し訳ない」

王子は思案を中断させると、声に答えながらゆっくりと振り返り、その男の顔を見て目を細めた。

「…いえ。貴殿もお忙しいことでしょう。此方こそ、お忙しい中申し訳ありません。──青髭伯爵」












男──青髭に客室へと招かれて、促されるまま高価そうな椅子に腰を下ろすと、王子は青髭を見遣った。
青髭は王子の向かいに腰掛けて、顎髭を手で撫で付けながら「それで?」と問い掛けた。

「私にどのようなご用件かな、王子殿」

王子は「ええ」と答えながら、真っ直ぐとした佇まいのまま口を開く。

「貴殿は腕の立つ武人だと聞き及んでおります。何でも、彼の有名な聖女の護衛をも務めたとか」
「……昔の話です。今は引退した身。腕も鈍い」
「ご謙遜を。──青髭伯爵。貴殿の腕を見込んでお頼み申し上げます。その力、我が国の為にお使い頂けないでしょうか」

射抜くような力強い目線を向けてくる王子を探るように目を細めて、たっぷりとした時間の後、青髭は「…それは」と口を開いた。

「…貴公に仕えろと?」
「いえ、そこまでは。言葉通りにとって頂いて構いません」
「…加勢をしろと?」
「無論、御礼は差し上げます。…如何でしょう青髭伯爵」

伺うように首を傾げながら、王子は「悪い話ではないと思うのですが」と続ける。
青髭は考え込むように黙り込むと、何を思ったか、唐突に王子の名を呼んだ。
それに王子が「何でしょう」と先を促すと、その重い口をゆっくりと開いた。

「…宜しい。お受けしよう」

承諾の言葉に僅かに目を見開きながらも礼を述べようとする王子を制して、青髭は「但し、」と続けた。

「此方の条件を呑んで頂けるのならば、の話ですが」
「……条件、ですか」

青髭の言葉に小さく眉をひそめながら王子が復唱すると、青髭は笑いながら「そう、条件」と頷いた。
王子は天を仰ぎ少しだけ思案するも、やがて決心したのか青髭へと視線を戻すと、頷いて了承を示す。

「解りました。して、どのような謝恩をご所望で?」

王子の言葉に青髭は口元を歪めると、「何、簡単な話ですよ」と身を乗り出した。
近くなった距離に訝しみながらも避けることはせず、王子は目線だけで続きを促す。

青髭は愉快そうにくつくつと嗤うと、徐に王子の顎を掬い上げた。
困惑の色を浮かべながらも気丈に睨み付けてくる王子を面白そうに眺めてから、その耳元で囁くように条件を口にする。

「──貴公の体をお貸し頂きたい」

青髭の台詞に瞠目して思わずその体を突き飛ばすと、王子は信じられない面持ちで耳を押さえながら床に倒れこんだ青髭を見つめた。
青髭は別段気分を害した様子もなく立ち上がると、埃を払いながら諭すように言葉を続ける。

「…体といっても、何もその全てを求める心算はありませんよ。只、そう──穴さえ貸して頂ければ、それで良い」

そう言って、ねぶるような視線を王子の腰元に向けながら、青髭は品なく笑う。
その狂気にも似た劣情を含んだ瞳に見つめられて、王子は背筋に冷たいものが奔り抜けるのを感じて無意識に後退る。
数歩下がったところで椅子に足が触れて、そこではっと我に返ると、怯む体を誤魔化すように鋭い目線で青髭を睨み付けた。

「──ご冗談を。交渉は決裂のようですね。実に残念。お忙しい中失礼致しました」

動揺を悟られまいと取り繕うように言葉を紡ぐと、さっと一礼して足速に扉へと急ぐ。
そんな王子の心情など理解しているとばかりに青髭は一笑すると、背中を向ける王子に揶揄するように声を掛けた。

「又お会い出来るのを楽しみにしておりますよ、王子殿」
「──失礼」

青髭の言葉には答えずに、感情を押し殺したような無感情な声で挨拶だけを述べて扉を閉めた王子に、青髭は今一度愉快そうに嗤った。
狂気を孕んだ歪な笑い声が薄暗い城内に響き渡り、何とも不穏に反響していた。









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要望があったので^^
初っぱなから裏はどうかと思ったので、取り敢えず裏フラグを立ててみる^O^







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