*赤イド
柔らかな日差しが射し込み、暗闇を照らすように室内に光が溢れる。
その眩さに目を瞬かせていると、小鳥が可愛らしく囀りながら、爽やかな朝の訪れを教えてくれた。
然し、そんな清々しい一日の始まりに似付かわしくない、何とも重苦しい溜息を吐きながら、赤の王子は頭を掻いた。
目の前にある、こんもりとした大きな繭のようなそれを見つめながら。
(…参ったな)
困惑した目線で繭──基、掛け布団をすっぽりと被ったイドルフリートを見つめながら、王子はどうしたものかと手を拱いた。
如何に経験豊富な王子と謂えど、濃密な夜を共に過ごした相手が朝起きたら繭と化していた、などという不可思議な経験は流石にしたことがなく、当然のことながら、布団に籠城している人間の扱いなどというのも又、知っている筈がなかった。
「…イドル?」
「………」
何度目かの呼び掛けにも矢張り応じず、布団から出てくる気配もない。
王子は困ったように眉を下げると、布団の塊へと歩み寄った。
「イドル」
名を呼びながら優しく揺すると、子供が駄々をこねるように小さく身動ぎをした。
それを微笑ましく思いながらも、矢張り繭を解く様子のないイドルフリートに苦笑して、王子はあやすようにぽんぽんと布団を叩いた。
「イドル、ほら。出ておいで」
「………」
「イドル」
「………」
「イドルフリート」
「………」
相変わらずなイドルフリートの反応に、王子は「仕方ないなあ」と溜息を吐くと、徐に布団に顔を寄せた。
そして、色香を孕んだ低音で、甘く妖しく囁いた。
「──あんまり強情だと、虐めたくなるだろう…?」
「〜〜〜〜っ!?」
途端、がばりと布団を剥いだイドルフリートに目を細めて、王子は「お早う」と実に爽やかに笑った。
イドルフリートは耳を押さえながら王子を睨み付けるが、赤く染まった顔では如何んせん迫力に欠ける。
本人もそれを解っているのだろう、悔しそうに唇を噛むと、拗ねたように顔を背けた。
王子はくすくすと笑うと、イドルフリートの頭を優しく撫でた。無造作に絡まった髪を、一本一本丁寧に指で梳いて整えていく。
イドルフリートは不貞腐れながらもされるがままになっており、そんなイドルフリートの態度が可笑しくて、そして何より愛しくて、王子は擽ったそうに笑った。
「相変わらず、綺麗な髪だね」
「……そうかい」
「ああ、とても船乗りだとは思わないよ。傷んでもいないし、艶やかで瑞々しい」
「……、へぇ」
賞賛を与えながら、イドルフリートの項辺りから髪を掬い取って、慈しむように指の腹で毛先を軽く撫でる。
強い力ではないにしろ、髪を引っ張られていることには違いない為、違和感を感じてイドルフリートが訝しげに王子を振り返った。
王子は、イドルフリートの瞳を真っ直ぐ見つめながら薄く微笑んで、髪を掬った手を軽く上げてみせた。
「本当に、美しい君に相応しい」
そして、丸で忠誠を誓う騎士のような恭しい動作で、見せ付けるようにその金髪に唇を落とした。
「…っ!」
途端、顔を真っ赤にして瞠目したイドルフリートは、顔に散った赤を隠すように慌てて前を向いた。
然し、後ろ姿からも解る程に鮮明に色付いた耳からは、彼が赤面しているということが容易に想像出来て、王子は嬉しそうに目を細めた。
暫くの間何をするでもなくそうしていたのだが、顔のほとぼりが冷めたらしいイドルフリートが徐に体を起こした。
否、起こそうとして、──そのままベッドに倒れこんだ。
「ぃ、ッ!?」
「イドル!?」
慌てて傍に寄って顔を覗き込んだ王子に、イドルフリートは顔を歪めながら「低能王子…!」と低く呻いた。
いきなりのことで戸惑う王子を余所に、イドルフリートは腰を庇いながら恨めしげに王子を睨み付けた。
イドルフリートの様子を見て合点がいったらしい。
王子ははっとした顔をした後、申し訳なさそうに眉を寄せた。
「すまない、イドル。矢張り辛かったよね。あんまりにも気持ちが良さそうだったから大丈夫かと思ったん──へぶッ」
謝罪の途中で飛んできた物体が顔面に直撃して、その不意打ち攻撃に王子は実に情けない呻きを上げた。
「…君はっ、もう少し羞恥を持つべきだっ」
どうやら飛んできたのは枕だったようで、衝撃は大きかったが痛みはそれほどでもなかった。
王子は鼻を押さえながら顔を上げると、イドルフリートを見遣る。
イドルフリートは顔を隠すように再び布団に身を包んでおり、それを認めて王子は小さく苦笑した。
然し、流石に籠城まではしておらず、頭の上から布団を被っただけの様相から見るに、どうやら赤面した顔を隠したかっただけのようだ。
「すまない、イドル」
「……」
「頼むから、此方を向いておくれ」
「……」
「君が嫌だというのなら、もうしないから。だから、……イドル?」
此方を向いて、そう続けようとした王子だったが、布団の隙間からおずおずと顔を出したイドルフリートに、紡ごうとした言葉を止めて、代わりに名前を呼んだ。
イドルフリートは赤い顔のまま、「…別に」と小さく呟くと、消え入るような声で付け足した。
「……嫌だったとは、言ってないだろう…。ただ、その……、経験したことがない、だけ、で……、〜〜〜っ、察し給えっ」
言っている途中で照れが回ってきたのだろう、吐き捨てるように言い捨てると、イドルフリートは布団の中に引っ込んでしまった。
王子はぽかんとした表情で再び繭と化したイドルフリートを眺めていたが、やがて嬉しそうに目を細めると、幸せをそのままに破顔した。
そんな、とある朝の出来事。
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初夜の朝\(^O^)/
こいつらはこれでいちゃらぶです^^