*赤イド




案の定、イドルフリートのその物言いに王子は眉を潜めた。
幾らイドルフリートに惚れているからといって、王子とてひとりの人間である。
苦労して見付けだした恋人にそんな態度を取られれば、流石に頭にくる。

「イドル、君なあ…!大体、君が何も言わずに急に何処かに行ってしまったんじゃないか」
「……私が悪いと?」
「そうは言ってない。只、何故何も言わずに行くんだと言っているんだ。探す僕の身にもなってくれ」
「…別に探してくれなんて頼んだ覚えはないし、抑、何故君に一々行く先を報告しなければならない?」
「恋人なんだから当り前だろう?」
「……目の前であれだけ女を口説いておいて、よくそんなことが言えるな」
「確かに何人か女性を誉め讃えたりはしたが、別に口説いていたわけじゃない。それに、そのことについては君も了承していたじゃないか」
「…そんなことを了承した覚えはない。低能の分際で勝手に決め付けるな」
「…本当に君は素直じゃないな。可愛げが足りない」

終わりの見えない口論と、イドルフリートの減らず口にうんざりした王子が溜息を吐く。
その、王子の呆れ混じりの台詞が、鋭利な刃物のようにイドルフリートの胸に突き刺さった。

──素直じゃない。

「君は確かに美しいけれど、少々性格が──」

──可愛げが、足りない。

嗚呼、矢張り、王子もそう思っていたのだ。
泣き出しそうになるのを更にきつく唇を噛むことで堪えて、イドルフリートは自嘲するように心中で笑った。

(それもそうか)

何せ、自分自身で思っているくらいだ。他人が思わないわけがない。
それでも、想い人にこうも面と向かって言われると、流石に──。

「……イドル?」

イドルフリートの様子が可笑しいことに気付いた王子が、訝しげに声をかけた。
俯いたまま無反応のイドルフリートの肩を掴もうとして、その肩が小さく震えていることに目を見張る。

「…っ」

次いで聞こえた微かな嗚咽に慌てて振り向かせ──、その表情に絶句した。

「イ、ドル」
「…っ…」

──泣いていた。
悲痛に顔を歪め、瞳と頬を涙で濡らして。
イドルフリートは、泣いていた。

「え、イド…?」
「…っ、見るな低能…っ」

「済まない、泣かせる心算は──。」
「確かにっ」

その泣き顔に驚きながらも謝罪を口にしようとした王子を遮るように、イドルフリートは一際大きく言葉を発した。
その勢いに思わず王子は口をつぐんでイドルフリートを見遣る。

「…確かに、君の言う通りだよ。私はこの通り捻くれ者だし、素直さや可愛げなんて欠片も持ち合わせていない。そんなこと、君に言われなくたって解ってるさ。解ってるんだ…嫌になるくらい」

段々と萎んでいく声と勢いに、そこで漸く王子は自分が彼にとっての地雷を口にしてしまったらしいことに気が付いた。
酷い後悔と自責の念に駆られたが、今はそんなことをしている場合ではないと頭を振る。
何とかイドルフリートを宥めようと言葉を探すが、こういうときに限って上手い言葉が見付からない。

王子が途方に暮れている横で、「だが」とイドルフリートは小さく呟いて──、続けて一気にまくしたてた。

「君だってそうだろう!?誠意だとか生真面目さが欠けているじゃないか。君は先程口説いていないと言ったが、それは君の概念であって一般論からすればあの行為は立派な軟派であり、そしてそれは常識的に考えて恋人の目の前でする行為じゃないっ。なのに君ときたら片っ端から色んな女に声を掛けるわ口説くわで、何が悲しくて女と一緒に居る君の姿を見なくてはならない?!勝手に何処かに行くなと言ったが、そんな場所に居られるわけないだろう低能!」

イドルフリートは王子を見上げながら睨み付けると、乱暴に涙で濡れた目元を袖で拭った。

「……ええと、」

王子は言われた言葉を理解しかねて暫く固まっていたが、やがて戸惑った声を上げた。

「それは、詰まり……嫉妬、してくれたのかな?」

窺うようにおずおずと王子が訊ねると、今度はイドルフリートが硬直した。
然し、それも一瞬で、「…な、」という小さな呟きを漏らしたかと思うと、途端にその頬に赤が散った。
どうやら図星らしい。

反論しようと口を開いたイドルフリートだったが、何を思ったかその口を閉じて、思案するように目を泳がせた。
そして、決心したように顔を上げると、今一度口を開いて、遠慮がちに呟いた。

「…、した、よ。…それくらいには、……好き、だ、し…」

──君のこと。

聞こえるか聞こえるか解らないくらい小さく付け足されたその言葉と、真っ赤に染まったイドルフリートの表情に、王子の中で何かが切れる音がした。
──ぷつり、と。

一方、出来る限り素直に心情を述べたイドルフリートはといえば、固まったまま動かない王子に不安を感じていた。
──矢張り、駄目だったのだろうか。

窺うように王子を見上げながら「王子…?」と声を掛けると、勢い良く肩を掴まれ、その余りの勢いに仰け反ってしまった。

「っ、いきなり何す──」

イドルフリートが最後まで言い切る前に、王子はその口を自らのそれで塞いだ。
イドルフリートの目が驚愕に見開かれるも、王子らしからぬ貪るような激しい口付けに、次第に瞼は落ちて、その瞳は潤いを帯びていく。

漸く解放されたときには息も絶え絶えで、イドルフリートは肩で息をしながら王子を睨み付けた。
然し、王子の表情をその視線に捉えた瞬間、弾かれたように目を逸らして俯いた。
その顔は先程よりもずっと赤く色付いており、その心臓は狂ったように速く脈打っていた。

(…な、んだ、その顔は…!?)

理性の糸が切れた本能丸出しの王子の表情など見たことがなかったイドルフリートは、その雄々しくも妖しい色香と熱の籠もった瞳に只只狼狽していた。

「──イドルフリート」
「……っ!」

甘さを孕んだ低温で名前を呼ばれて、ぞくりと腰が疼いた。

「矢張り君は、そのままの方が良い」
「…ぇ」

傷付いたような表情をするイドルフリートの耳元で、王子は吐息混じりに囁いた。

「可愛い過ぎると、めちゃくちゃに乱したくなる」

──今みたいに、ね。

「〜〜〜〜!?っ、ひッ」

そのまま耳の裏へと舌を這わせると、イドルフリートの口から小さな悲鳴が漏れた。
それに目を細目ながらいたぶるように執拗にそこを愛でれば、悲鳴の代わりに甘い喘ぎが零れ出る。

「イドル」
「…っぁ、」
「可愛い声。でも、少し抑えた方がいいかもね」

怪訝な顔をしたイドルフリートに、王子はにっこりと笑って──、それから、妖しく目を細めた。

「言ったろう?可愛い過ぎると、めちゃくちゃに乱したくなる、って」

瞠目して逃げようとするイドルフリートの体を押さえ付けながら、至極愉しげに笑った。

「まさか、君が嫉妬してくれるなんてね。それに、僕への対応で随分と悩んでくれていたみたいだし…」
「それ、は…っ」
「告白も受けたことだし──、此処で頂かなければ男が廃るというもの」

言葉の通りに妖しく動き出した手に、イドルフリートは翻弄されながらも非難の声を上げる。

「ここ、外…っン!ちょ、ばか、やめ…ッ」
「勿論、致しはしないさ。味見するだけ」
「…ひ、ンっ」

舌なめずりをする王子に顔を青くさせながら、イドルフリートは顔を引きつらせた。

「──では、」













「頂きます」

直後、イドルフリートの悲鳴が響き渡ったのは言うまでもない。










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そういえばうちの赤王子ナンパ男だったなと思って書き始めたのに…
どうしてこうなった







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