*王闇




――死体とは。
文字通り、死んだ身体のことである。
生を失った肉体、詰まり魂の抜けた骸。それが死体。

では。
死体が死体であるというその概念は、一体何処から来るのだろうか。
誰に尋ねようとも「そう」だと認識される、絶対的な定義とは、果たしてどのようなものなのだろう。

意志がなければ良いのか、血が通っていなければ良いのか。
それとも、口を利かなければ良いのか、身動きをしなければ良いのか。
答えは、――否。

意志がない、血が通っていないというのなら、無機物であれば良い。
口を利かない、身動きをしないというのなら、それをしなければ良い。
詰まりそれらは、何も死体に限ったことではないということだ。

結局のところ、その定義とは、酷く曖昧で不透明なものなのだ。
明瞭なものなどなく、只「これは死体」だという自分勝手で独り善がりな結論に基づいて判断されるもの。それが死体。

結論を云おう。
死体の定義とは、「個人の判断による偏見」である。
そして、それを踏まえた上で考える、僕の「死体の定義」とは、即ち。

「――脱け殻、だ」
「……脱け殻?」
「そう。意識という魂が抜けた空っぽの器。中身の刳り貫かれた果物と同じだよ。丸で意味のない只の徒物。それが死体」
「……それは、君の概念でしょう」

僕の意見に納得いかないらしい。
不満そうに眉を寄せて、彼は批判混じりの言葉を洩らした。

「死体は、そんなものではありません。もっと素晴らしくて、魅力的で――、何より美しい」
「それこそ、君の概念じゃないか」

鼻を鳴らしながらそう言えば、彼は途端に驚いたような顔をして、目を瞬いた。
深い碧を湛えた碧眼がきらきらと光る中に、宵闇がその輝きを奪うように移りこむ。

「…どうしたんですか、君らしくもない」

小首を傾げながら顔を覗き込んでくる男に何故だか無性に腹が立って、「別に」と目を逸らす。
どうしてこんなに苛々するのかわからないけれど、彼を見ると心が騒ついて、何というか――、むしゃくしゃするのだ。

その訳のわからない苛立ちを発散させるように、僕は彼に向かって口を開いた。

「…大体、『君らしくもない』等……君が私の何を知っているというんだ?エリーゼなら兎も角、君にそんなことを言われる筋合いはない」

ぴしゃりとそう言い放って、話は終わりだとばかりに彼に背を向ける。
背後で慌てたように何か言っているのが聞こえるが、そんなことは僕の知ったことではない。

無視を極め込んで井戸へ向かおうとする僕の肩を、引き止めようとしたらしい彼が掴んだ。
その手をほぼ反射的に払い落として、「触るな」と低く呻きながら振り向きざまに睨み付ける。

――嗚呼、何故こんなにも苛々するのだろう。

驚愕と衝撃で瞠目した彼を眺めながら、何処か遠くでそんなことを思った。









抑、死体について考察し出したのは、彼の言葉が発端だったと記憶している。

僕の元を訪れては、丸でそれが義務であるかのように死体を褒め称え、その何たるかを語り、素晴らしさを説く。
そうして最後に、必ずこう言うのだ。

――「だから、君こそが僕の花嫁に相応しい」と。

彼は死体愛好家だ。
生きた人間ではなく、死んだ身体を愛する――、否、死んだ身体しか愛せない性癖を持った一国の王子。

彼のその特殊な性癖を屍人姫の復讐に利用した位なのだから、当然、僕はそれをよく知っている。
よく知っているからこそ、理解出来ないのだ。

何故、死体愛好家である彼が、生者でも死者でもない僕という存在に愛を囁くのかが。

前述の通り、個人による差異はあれど、死体とは死んだ身体のことだ。
死んだ身体――即ち、意志もなく、血流もなく、口も利かず、動きもしない、魂の抜けた只の入れ物だ。
人間というよりは、人形に違いかもしれない。

それに比べて、僕は血の巡りがあるかどうかは不明だが、意志もあるし、口も効けるし、動くことも出来る。
彼の理想とする花嫁とは全く違う。寧ろ真逆の存在の筈だ。

だというのに何故、彼は僕を「理想」と言い、「好きだ」と宣い、「愛している」と囁くのだろう。
況してや、僕は彼と同性、男だというのに。







……いや。
これは、只の言い訳に過ぎない。
本当は、解っている。
「死体の定義」等という下らないことを馬鹿みたいに必死になって考えた理由も、苛立ちの原因も。

「……不安だったんだ。君は死体愛好家で…僕は半端者だから」

彼が言い寄るのは、その「理想」に一番近かったのが僕だっただけに過ぎないのではないか。
もっとそれに近い誰かが現れたら、其方に傾いてしまうのではないか。
――僕は、死体ではないから。

「でも君は、僕に愛を囁くだろう?死体への想いを語った後で」

話す心算なんてなかったのに、勝手に口は言葉を紡いでいって、隠していた心情を曝け出してしまう。

「……勝手だろう。愛されてると思い込んで。それに気付いて、資格もないのに腹が立って、……不安になって。君に、迷惑を――」
「かけてない」

言葉と共に腕を引かれて、そのまま強く抱き締められる。
広まった視界の隅で、金色が流れるようにきらきらと揺れている。

「すみません、不安にさせて。こんな僕の言うことは信じられないかもしれない。でも、聞いてほしい」
「……うん」

真摯なその声に小さく頷くと、彼は柔らかく「ありがとう」と言って微笑み、言葉を続けた。

「…僕は確かに、君の言う通り死体愛好家だ。死体程素晴らしいものはないと思うし、それが僕の理想であることには変わりない」
「……」

その言葉に思わず俯いて、彼のローブを小さく握る。
それに気付いたのか、彼は「けれど、」と逆接を口にすると、僕の頬に手を添えて、顔を上げさせた。
真剣な眼差しで見つめられて、息を飲む。

「理想と現実は違う。僕の理想は死体だけれど、それはあくまで嗜好であって、想い人とは異なるもの。僕が好きなのは死体じゃない。君だよ、――メルヒェン」

耳元で囁かれて、驚く程優しく口付けられる。
数秒にも満たない筈なのに、施された唇に熱が灯り、頬も熱い。
というか、顔全体が熱い。

「……メル、顔真っ赤ですよ」
「…き、君が急にしてくるからだろう」
「では、事前に報告すれば宜しいので?」
「……っ、好きにしたらいいじゃないか!」
「はい、そうします」

くすくすと笑って頬を撫でてくる彼を睨み付けながら、心が満たされていくのを感じて静かに目を閉じる。

嗚呼、先程までの苛々が嘘のようだ。
とても穏やかで、心地良くて、それから、









「王子」
「はい」
「僕も、……好きだよ」
「……っ、メルっ!」








――幸せ、だ。








--------------
王子に好きって言われるのは嬉しいけど、王子は死体愛好家だから死体じゃない自分に好き好き言うのはおかしいって思ってうじうじするメルヒェンが書きたかった……書けなか…った…
一人称の書き方をすっかり忘れているorz







「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -