*赤イド




にっこりと爽やかに微笑む男を訝しげに眺めてから、ある事実に気が付いて軽く目を見張る。

(この男…確か王国の……)

何故一国の王子がこんなところに居るのかという疑問は、イドルフリートにとって差程大きなものではなかった。
赤の王子が「花嫁探し」と称して各地を放蕩しているという噂は耳にしたことがあったし、好色で名高い赤の王子のことだ、その噂も事実だろうと踏んでいたからだ。
イドルフリートにとって問題にすべきは、赤の王子がこの港町に居ることではなく――、彼の目の前に居ることだった。

好色と謂われるだけあって、赤の王子は自分の好みならば誰にでも興味を持ち、果ては関係をも持つと聞く。
誰にでも、ということは即ち、相手が子供であれ老人であれ――、例え同性であろうとも関係なく、ということだろう。

赤の王子に見初められるということは先ずないだろうが、人集りをわざわざ掻き分けて目の前に来る程だ、興味を持たれてしまったと見て間違いない。

(矢張りあのような低能、放っておくべきだった…)

苦虫を噛み潰したような顔でひとりごちながら、小さく舌打ちをする。
そんなイドルフリートの様子に気付いているのかいないのか、赤の王子は徐に口を開いた。
――それが、冒頭の台詞である。








「……好い加減にし給え」

漸く我に帰ったらしいイドルフリートは、慌てて王子の手を振り払うと、取り繕うように言葉を紡いだ。

「君は確か、赤の王子だろう?一国の王子様が、私に何の用かな」

振り払われた手を切なげに見つめていた王子だったが、その刺のある言葉を聞いた途端、嬉しそうに顔を輝かせた。

「僕を御存じで?」
「色好みの放蕩王子と聞き及んでいるよ」

尊びや敬いの欠片もなく、小馬鹿にしたように鼻を鳴らすイドルフリートに、王子は軽く目を見張った。
そんな王子の様子を見て、イドルフリートは小さく笑むと、そのまま彼に背を向けて軽く手を上げた。

「そんな名ばかりの低能な王子様に付き合ってやる義理はないのでね。私はこれで「待ち給え」

――失礼するよ。
そう続く筈だった言葉は、王子の声に遮られてしまった。

未だ何かあるのかとげんなりしたイドルフリートだったが、振り向くことはしなかった。
先刻会ったばかりの人間にそこまで構ってやる程イドルフリートはお人好しではないし、又、暇人でもなかった。
恐喝男の所為で無駄に時間を浪費してしまった手前、これ以上下らないことで限られた時間を潰す真似はしたくない。

(――それに)

至極どうでもよさそげに目を伏せながら、イドルフリートは心中でぼやく。

(どうせ、態度がなってないだの口の利き方がどうだの、そんな下らないことだろう)

誰に対しても態度を変えることをしないイドルフリートは、貴族や王族といった権力者から非難されることが多く、その度に不愉快な思いをしてきたのだった。
口でも力でも知識でさえも勝っているというのに、権力やら地位やら金といった薄汚いものの為に身を引かなければならないことが、イドルフリートは大嫌いだった。

眉を寄せながら溜息を吐くと、下降した気分を何とかしようと考えを巡らせた。

――さっさと帰って日誌でも整理して、終わったら久し振りに酒でも飲みに行こう。

そうだ、そうしよう。
そうひとり頷きながら、イドルフリートは踵を返そうとした。
――したのだが。

「素晴らしい…!美しいだけじゃなく、器量も良いだなんて!君こそが、きっと僕の《捜し求めていた人》なのだろう…!」
「――は、」

聞こえてきた耳を疑うような台詞に、思わず足を止めて振り向いてしまった。

(――エリス?誰が?)

この男は、何を言っているのだろう。気持ち悪い!
そんなことを思う余裕もなく、イドルフリートは只只呆然としていた。
そんなイドルフリートを余所に、王子はうっとりとした面持ちで更に言葉を続ける。

「嗚呼、イドルフリート…僕の《捜し求めていた人》。どうやら、僕は――」

王子はそこで一旦言葉を区切ると、恭しい動作でイドルフリートの手を取った。
熱の籠もった瞳で真っ直ぐ見つめられ、思わず目を背けそうになるのを何とか抑えて見つめ返す。
嬉しそうに目を細めた王子に、イドルフリートは激しく嫌な予感がした。

そして、悲しき哉。
嫌な予感というものは当たるもので。

「イドルフリート。君に、心を奪われてしまったらしい」









――斯くして、受難への扉は開かれた。








--------------
受難=赤王子による猛烈なアプローチ\(^O^)/
ぐだぐだで申し訳ない…







人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -