*赤王子→航海士




赤の王子は、とある港町に来ていた。
「花嫁探し」と称して各地を放浪している彼がこの町を訪れたのは無論「理想の花嫁」を見付けだす為だったが、滞在して何日か経った今尚、その目的は果たされてはいなかった。

(僕の理想の花嫁は何処に居るのだろう…)

小綺麗な橋の縁に肘を付き、頬杖をしながら青々とした広大な海を憂いを込めた眼差しで眺める様は、宛ら一枚の絵画のようで、その美しさは道行く人々が思わず振り返る程だった。
その視線に気付いているのかいないのか、或いは如何でも良いのか、王子は悩ましげな溜息を吐いて目を伏せた。

(東西南北、悪天候に見舞われようとも休むことなく探し続けているというのに……)

――何故、見付からないのだろう。

隣国の青の王子には「理想が高過ぎる所為なのだから妥協しろ」というようなことを言われたが、彼にだけは言われたくないと思う。彼方だって似たようなことをしていたのだ。つい最近までは。

(全く、何時の間に見付けたんだか…)

そう。赤の王子が花嫁探しに奮闘している間に、何時の間にやら青の王子は意中の姫君を捜し出していたのだ。
常に無表情で堅物な上、口を開けば刺々しい嫌味を連発させていた青の王子が、丸で人が変わったかのように恐ろしく柔らかな顔付きで惚気まくる等、一体誰が想像出来ただろうか。
想い人を「宵闇姫」と称し、その素晴らしさを延々と語る彼には、正直ついていけない。
その時の様子を思い出して、深々と溜息を吐き出した、直後のことだ。

「ふざけてんのかテメェ!!」

ガシャアァアン、という大きな音と共に、野太い怒声が聞こえたのは。








(――何だ、騒がしいな)

肩眉を寄せて喧騒をちらりと横目で見遣るも、野次馬や人集りでその中心地を見ることは叶わなかった。

どうせ言い掛かりや誤解から発展した喧嘩か何かだろう。そう決め付けて、再び「理想の花嫁」について思考を巡らせながら、前へと向き直る。

(只美しいだけでは最早不十分だ。洗練されて且つ、清らかな――そう、例えるならこの海のような。それでいて、僕の心を掴んで離さないような、素晴らしい人格の持ち主。
…後はそうだな、「あれ」が似合えば完璧なんだけれど…まあ、そこまでは望むまい)

青の王子が聞いたら「いい加減現実をみたら如何です?」と言いそうな理想像だったが、そんなことを赤の王子が気付く筈もない。彼にしてみればこの理想像は最低ラインであり、妥協した結果だった。

(考えもまとまったことだし、そろそろ違う地へと足を向けようか…)

顎に手を当てながらそう考えていた彼の耳へと、凛とした澄んだ声が風に乗って届いた刹那、どくりと心臓が大きく脈打った。

「全く、しつこい輩だな。君のような低能に使ってやる時間も労力も、持ち合わせていないというのに…」

溜息混じりのその呟きを追い掛けるように声の方へと歩み寄る。群衆を掻き分けて先程の喧騒の中心地へと顔を向ければ、今度はしっかりとその様子が確認出来た。

対峙していたのは、ふたりの男だった。
ひとりは、一番始めに聞こえた野太い怒声を発した人物であろう、見るからに屈強そうな強面の男。射殺さんとばかりに自分の目の前に立つ男を睨み付けている。
そして、そんな男の様子に臆したことなく向かい合っているのは、見るからに華奢な体つきの、美しい金髪の男だった。といっても、此方に背を向けている為に顔を見ることは出来なかったのだが、薄い背中と腰のラインの細さで、その金髪の男が痩躯であることは見て取れた。

その後ろ姿をしっかりと両の眼で捉えながら、騒めく胸を左手で押さえ付ける。

(――顔が、見たい)

感じたことのない胸騒ぎと興奮の中、ひたすらにそれを思った。人目でいい。一瞬でもいいから、あの方の顔が見たい。

願いが届いたのだろうか、丸で縫い付けられたかのように離せない視線の先で、後ろで一まとめにされた金髪の束が、ふわりと舞った。そして、流れるような動きで体を反転させた男の顔を視界に捉えた、瞬間。

「――見付けた…!」









その後、赤青ふたりの王子による、「理想の花嫁自慢」が開かれたとかいないとか。








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イドルさんの存在が空気で申し訳ない
というか赤イドって需要あるのだろうか…







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