感動に打ち震えてシーツを握っていたいなりの手にホークスが自分のそれを重ねたのは、熱烈な彼からの返事にいなりが感極まった直後の事だった。

「っ…!!」

こつんと額がぶつかる。互いの息が掛かる距離にいる。ホークスが顔を近づけた事で、元より並んで座っていた為に近かった距離が更に縮まっていた。反射的に後退しようとしたいなりだが、捕まった手に引き止められる。

「あ、の…ホークス……?」

頬を紅潮させながらいなりは恐る恐る彼の名前を呼ぶ。その声は緊張で微かに震えていて、分かりやすい位に照れている彼女の様子にホークスまでそれが伝染したかのように恐る恐る尋ねた。

「あー……なんていうか、今物凄くキスしたいんですが……」
「っ!?」

ホテルに二人きりの状況だ。いなりだってこの展開を全く察していなかった訳では無い。敢えてホークスに言わせたようなものだが、彼に言われるまでは自分の勘違いという事もあった。案の定、それはいなりの予想するものだったけれど。

「いなりが可愛くて仕方ないんです」
「〜〜〜!!!」
「駄目ですか?」

ホークスはそう尋ねながらも、諦めるつもりなんかさらさら無い。それをいなりも分かっているからこそ、腹を括るしかないのだと頭では理解していた。しかし、

「……だめ、じゃないけど…」
「けど?」
「心の準備が……」

何を隠そういなりは恋愛事においてかなりのベタなのだ。

「心の準備」
「そ、そうですよ……」
「……ふっ」
「ちょ!笑わんでくださいよ!こっちは本気なんですから…!」

雰囲気を壊さないよう努めていた流石のホークスも、そんないなりのペースには敵わないと、思わず笑いが零れる。一方で、笑われると思っていなかったいなりは不服を訴える。しかし、ホークスにはそれすらも愛おしく思えた。

「いなり」
「っ!」

慈しむように恋人の名前を呼ぶ。どんなに心の準備ができていなくても逃がす気はないと、逃げないでほしいと訴えるのは、間近でいなりを見つめる琥珀色の瞳。

「でも慣れてください。ほら、目閉じて」
「………」

もう何を言っても待ってはくれないのだと、いなりは諦めて目を閉じる。紅潮した頬を握られていないもう片方の手で包み込またと思えば、次の瞬間には唇が重なっていた。


***


土曜の朝、博多駅ビル前の広場にはホークスに見送られるいなりと常闇の姿があった。有名ヒーローと雄英高校の生徒達の姿に、通りがかる人達は足を止め、遠目から様子を伺う。

「それじゃ、一週間お疲れ様でした。気をつけて帰ってくださいね」
「はい……」
「はい。お世話になりました」

ホークスの見送りの言葉に拗ねたように返事をするいなりと丁寧な言葉で返す常闇。二人は今から静岡までの帰路に着く。

昨夜、散々キスをした後にホークスは来た時と同じように部屋の窓から出ていってしまった。それ以上の事を望んでいた訳ではないが、どこか物足りなさを感じながらいなりは火照る体を抱きしめて眠りについた。朝日と鳴り響く携帯のアラームに目を覚まして、これからまたホークスに会えない日々が続くと思えば込み上げる寂しさを引きずりながら、ホテルのフロントで常闇と合流した。そこに常闇だけでなくホークスの姿があった事に正直者ないなりが喜ばずにいられなかったのだが、博多駅が近付くにつれて表情は曇り、今に至る。

「またインターンで会えますよ」
「分かってますよ……」

苦笑混じりに励ましても、その下がった眉はピクリとも動かない。いなりも自分がホークスを困らせている事の自覚はあるが、自分に正直に生きすぎたことが裏目に出たせいか、上手く誤魔化したり強がる事がどうにもできなかった。

そこへ、見かねた常闇がホークスへ声を掛けた。

「俺は先に行ってますから、上手く宥めてやってください」

それはこの一週間、ホークスといなりを見てきた常闇なりの気の使い方だった。彼らの関係が変わった事は二人の様子から微かに察する事が出来る。分かりやすいいなりは兎も角、自分ではバレていないつもりのホークスさえいなりを見る瞳や声の柔らかさが違う。それはクラスメイトの轟がいなりに接する時と似ているのだ。

「…常闇君のそういう大人なトコ、嫌いじゃないですよ」
「ありがとうございます。それではお先に失礼します」

年下に気を遣われたホークスはやや複雑な表情をしながらも、その気遣いは有り難く受け取った。淡々と別れの挨拶を告げ、駅ビルに向かう人混みに紛れて消えた常闇を見送ると、ホークスはいなりへと視線を戻す。その先にいた古狐はやはり口を尖らせて拗ねていた。

「……子供っぽくて悪かったですね」
「そうじゃないですってば。しばらく会えないのは俺だって寂しいんです。でも俺は我慢してしまうから、いなりがそうやって正直に言ってくれた方が有難いんですよ」

だが、それすらも可愛いとホークスは思うのだ。すると、「あっ、」と何かを思い出したホークスは自身の翼から一本だけ羽を抜き、いなりの前に差し出した。

「お守り代わりに持っとって」
「これ、4年前も……」

ホークスの赤い羽は、4年前の最後に別れる直前に渡されたものだ。あの時も、別れを惜しんだいなりにホークスが同じように手渡していた。

「ありがとう……」

4年前に貰った羽は劣化して、持ち歩く事もできずに家に保管している。貰ったばかりの色鮮やかで毛艶の良い姿を思い出させるような、全く同じ赤い羽。ホークスから大事そうにそれを受け取ると、いなりは漸く顔を綻ばせた。その様子にホークスも安堵する。ここが人目に付く場所でなければ、どちらからともなく抱き締めていただろう。しかし互いにすんでのところで堪え、いなりは鞄を抱える腕に力を込めた。ホークスを見上げるその表情は、寂しさを滲ませながらもどこか吹っ切れたものとなっていた。

「もう大丈夫ですよ。また会いましょうね」

そう言って笑ういなりが、ホークスには4年前の幼い彼女と重なって見えた。しかし4年前の涙を流すばかりだったいなりとは違う。正直者で諦めが悪い彼女は、今こうして自らの手で笑顔を取り戻していた。その隣に自分がいられる事をホークスは、あの時の少年は、何よりも幸福に感じながら、いなりの後ろ姿が人混みに消えるまで見つめ続けた。


***


週が開けた月曜日の朝。いなりが教室に着く頃には、既にクラスメイト達は職場体験先での出来事を語り合っていた。

「あ!いなりちゃん久しぶりー!!」
「透ちゃんだ!久しぶりー!」

いなりに気付いた葉隠れが彼女に手を振り、透明な体は見えないものの制服の袖が元気よく上下に揺れる。いなりもそれに振り返し、葉隠達のいる女子の輪の中に入ろうとして、

「古狐」
「あ……」

戸惑い気味の轟に呼び止められた。振り向いた先の彼はいなりを見つめた後、僅かに視線を落とす。それでも確認するように轟は尋ねた。

「上手くいったか?」

それが数日前の電話で轟に励まされた、ホークスへの告白云々の事だといなりはすぐに察した。周囲を気にして直接的な聞き方をしないものの、朝一番に尋ねる程に轟は気にしていた。しかし既に察して寂しそうな顔をする轟に、その理由を知らないいなりはしばらく何と返事をするべきか迷った。それでも、苦しそうにしながらも背中を押してくれた彼に言葉を送った。

「……うん。ありがとう」

今のホークスといなりの関係は轟のおかげでもあった。ホークスが電話を盗み聞きしていなければ、こうはならなかっただろう。しかし、それを伝えてしまうと轟が傷付いてしまう気がしたいなりは、くっとその言葉達を飲み込んだ。

再会を約束して



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