「―名無しさん」
それは保険室で何時もの様に寛いでいる時。突如ハデス先生に名前を呼ばれ返事をして立ち上がると先生は"はい、これ"と可愛らしい紙袋を私に差し出して来た。急に現れた少し小さめの紙袋を不思議な眼で見詰める
「何ですか?」
「ほら、先月のバレンタインデーに名無しさんからチョコを頂いたからその御返しだよ」
「! ホワイトデーの…!? 私に!?」
確かに先月のバレンタインデーに私は先生にチョコを渡した。料理は得意の方で無くお世辞にも余り上手いとは言えない様なチョコでもハデス先生は心底喜んでくれて私も緊張で一色な心の中でホッとしたのを覚えてる。その日から1ヶ月、まさか御返しを貰えるとは予想していなかった! 渡す事自体緊張一色で今日の事なんて頭には無かったから
「こ、これ貰っていいんですか!?」
「うん。ただ…恥ずかしい話、女性から貰った事が無かったから御返しも何を渡せば良いか悩んでね…結局」
「わあ…、飴玉!」
不安なのか手の平を合わせたり指を絡ませたりと落ち着かない先生の話を聞きながら紙袋からソッと出して見ると中身は濃い青と薄い青のリボンを下から上へ絡ませ蓋の上に結んであり中には可愛らしい飴玉が幾つも入っている瓶。
「……それが無難だと思って。や、やっぱり他のが良かった、かな?」
「い、いいえ! 全然! 私これで充分です、有り難う御座いますッ!」
「ほ、良かった…先生にも相談した甲斐があったよ」
「けど、本当に貰って良いんですか? えっと、お世辞にも上手いとは言えないチョコだったのに…」
何度も作り直したチョコ。けれど結局手本の様に上手くはいかなくて。別に告白したくて渡したんじゃない(生憎そんな勇気は無い)けど、どうしても渡したくて。いっそ、市販のを上げた方がマシだったかも知れない。
すると、先生はポンッと私の頭に手を乗せ、
「そんな事ない、とても美味しかったよ。名無しさんはあのチョコを一生懸命に作ってくれたでしょ? 大丈夫、自信を持って。名無しさんは自分が思ってるよりずっと素敵な女の子なんだから。だからそれは君に受け取って欲しいんだ」
ふんわりと柔らかく優しい顔で先生は笑った
――嗚呼、ズルいよ、先生。そんな事言われたら私、
高鳴る心臓
(益々貴方を好きになってしまうじゃない)