それは上司のトムが言い出したのが始めだった。





『結婚する前に暫く一緒に暮らしてみたらどーよ? 幾ら長い付き合いで一緒に居ても暮らしたらお互い面倒な事が出てくるかもしんねーしよ。ほら、シミュレーションにもなるべ?』




確かにトムの言う通り静雄と名無しは付き合ってはいるものの同棲まではしていなかった。

彼女にも仕事や生活があるし静雄自身も結婚前に同棲するのは嫌で言い出せずにいた。

けれど半月前婚約と言う形に落ち着いた静雄には拒む理由は無く、上司に言われたその数日後、彼女に同棲を切り出したのだ。




「これでいいのか?」
「え? ああ、荷物の事? そうだねぇ、必要な物があったら追々買えばいいよ」
「そうじゃねぇ」
「? もしかして一緒に暮らす事?」
「ああ。暮らす、つーても俺の仕事は何時帰れるかわかんねぇし、よ」




静雄の言う通り彼の仕事は深夜まで掛かる事も珍しくない。調整はするつもりだがすれ違いの生活になってしまうのを彼は恐れていた


しかし、そんな彼の心中など気にも留めず名無しは、何時もと変わらない顔で



「そんなの全然平気! そりゃ私も仕事があるから一緒に居る時間は少ないかも知れないけど、それは今までもあったしね」
「まあ、そうだけどよ」
「それに」
「?」



不自然に切られる言葉。だが次の瞬間、何処か照れた顔で、




「私にとって、静雄と一緒に暮らせる事自体が嬉しくて嬉しくて仕方が無いの」



――本当はずっと一緒に暮らせたらなって思ってたんだからっ! と、頬を少しだけ赤く染め笑う彼女。その表情と言葉にじんわりと温かいモノが胸に込み上げ彼は目の前の小さな体を腕の中へ閉じこめた。



「わっ!? ちょ、静雄!?」
「…悪い、ちょっとキツイかも知れねぇけど我慢しろ」



自身の力を最小限に抑えながらも、しっかりと抱きしめる。言葉で表現するのが苦手な彼にとってそれは最大限の愛情の表現でありそれを知る名無しもソッと大きい背に腕を回す。



静雄が幸せを噛み締めていると同時に名無しも、まるで大型犬みたい、とひっそりと心中で思いながらも静雄同様、幸せを噛み締めた―




―*-*-*-*-




「――はあ…やっと終わったー!!」




時刻が六時を回る頃、全ての荷物を入れ大体の整理が済んだ新居の中で名無しは疲れたのか、ぺたりとその場に座りこむ。そんな彼女を心配そうな声で




「おい、大丈夫か?」
「うん。シズちゃんのお陰で荷物は早く運べたけど、まさか荷解きにこんなに大変だなんて思わなかったなよ…」




――あれから暫くして引越しを再開した二人。元々静雄の力があったお陰で荷物は早くに運び終わったのだが意外にも荷物の整理に時間が掛かってしまったのだ。

ふう、と嘆息し凝りを解す為、肩に手を置きながら時計をチラリと見て名無しは現在の時間に驚いた




「ああ! もうこんな時間…夕飯作らないと!」





―ぽんっ




「――へ? 静雄…?」




引越しで疲れた静雄の為にも早く夕飯を作らなければ! と立ち上がろうとした矢先、頭にぽんっと優しい手が。視線を上げれば其処には手の持ち主の静雄が煙草を咥えながら穏やかな目で彼女を見つめ、優しい声色で




「馬鹿。お前もう疲れ切ってんじゃねぇか。今日は出前でも頼めばいいだろうが」
「わ、私なら大丈夫だよ! 静雄だって疲れて」
「オレはいーんだよ。男だからな。いーからお前は座って休んでろ、注文はオレがするから」
「静雄…」




なでなで、と頭を撫でられる。ぶっきら棒な言葉だけど、自分を気遣ってくれているのを確かに感じる。

何処かくすぐったくも嬉しさを感じながらも、立ち上がる静雄を見つめながら彼の名前を大きく呼び、彼女はまだ言ってない『あの言葉』を口にした―…









お疲れ様
(これからも宜しくお願いします!)






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