カタカタ、コトコト、じゅうじゅう



 部屋に広がる美味しそうな匂いと何処か安心する音、視線を向ければ鼻歌混じりで台所へ立つ彼女。


「――何作ってんだ?」
「うわっ!? 吃驚した! 包丁持ってるんだから驚かせないでよ」
「悪い」
「今日はねぇ、焼き鯵にワカメと葱の味噌汁と冷奴だよ。純和風で揃えて見ました!」


えっへん! と自慢げに胸を張る名無し、そのメニューに歓声をあげながら小さな頭を一撫で。俺の行動に気を良くしたのか更に笑い、もう直ぐ出来るから待っててね、と中断していた作業を再開。邪魔になると悪ぃから俺はその場から離れ、ついでにと冷蔵庫を開ける。


中は男の一人暮らしにとは思えねぇ程色々と詰ってる。全部アイツか用意してくれたモンだ。色々な料理が入ったタッパだとかキチンと分けられた食材だとか色々。それ等を一瞥しながら目当ての牛乳を手に取り扉を閉めた。


「(……小せぇ背中)」



台所に立つアイツの背は俺なんかよりずっと小せぇしちゃんと喰ってンのか心配になる位体も細い。ちょっと俺が力入れたら本当に折れてしまうんじゃねぇかと何度思ったか。けどそんな小せぇ背中が愛しくて堪らない。



「あ! シズちゃん、悪いんだけどお皿とってくれる? 今手が離せないの!」
「ああ。……これでいいか?」
「そうそうコレ。有難う! シズちゃん」



本当はシズちゃんと呼ばれるのは嫌いだ。

そもそもあのノミ蟲野郎が勝手に付けたモンでその渾名で呼ばれるとブチ殺してやりたくなるが名無しだけは例外だ。と、言うより慣れ、に近いかも知れない。だが、勿論ノミ蟲が呼んだら躊躇無く殺す。



イラッ



……嗚呼、折角名無しと一緒なのにあの野郎の事を思い出したら無性に腹が立ってきたじゃねぇか! 今度会ったら絶対殺す、メラッと殺す、ぶち殺す…!!




「――ちゃん、シズちゃん!」



「うおッ!? 名無し?」
「まーた臨也の事考えてたでしょ? 血管浮き出てるよ。ほら、折角夕御飯できたんだから」
「ああ、そうだな」
「んじゃ二人ご一緒に」
「「いただきます」」



同時に手を合わせ声を合わせ、先ず箸をつけたのは丁度良い焼き加減の鯵。

箸の先端で軽く身を、解し口に運べばほんわりと広がる焼きたての味。美味い。


「どう? ちゃんと焼けてる?」
「おう、すげぇ美味ぇ。身も良く焼けてンしこの味噌汁も、なんつーか、出汁が出てて美味い」
「本当!? 良かったー! ちゃんと出来てるか心配だったんだ」


ホッとしたのか柔かい笑みを浮かべる名無し。そんなに心配しなくてもお前が作るモン全部美味ぇんだから気にすんなよ、そう俺が告げるとアイツは一度大きい眼をぱちくりとして、少し頬を染めながら、ふにゃと笑い、



「シズちゃんにそんな事言われたの初めて」
「そうだっけか? 冷蔵庫に入ってンのだってちゃんとしてるしよ。この間、幽が珍しく来て出したら美味いって褒めてたぞ」
「え!? 幽君が? うっわー…嬉しいなあ! 他には?」
「あー…後は特には」



――本当はもう一つ幽に言われた事があった。




『兄貴、こんな料理の美味い子がお嫁さんになってくれるなんて良かったね』




「――っ!!」


――バキッ


「ちょっ、シズちゃん、箸折れてる折れてる!」
「へっ、わ、悪ぃ! ちょっと力加減間違えてよ」
「今新しいの持ってくるね」



トタタと箸を取りに行く名無しの背中を見つめながら俺は幽の言っていた言葉をもう一度思い出していた。


確かに名無しと付き合って長いし結婚を考えて無かったといえば嘘だ。けどもし切り出した時に断られたらどうする? 俺にはこの力があるしその所為でアイツを傷つけるかもしれねぇ……。今更アイツが居なくなるなんて正直俺には考えられねぇ。



けど、よ……



「シズちゃん、はい新しいお箸」
「サンキューな」
「ふふ、こんな事もあろうかと予備を用意しといて良かった。他にも予備あるから壊れても大丈夫だから安心して!」
「あー……それで色々と一個多いのか」
「うん。これでもシズちゃんの事良く知ってると自負してるからね」



ケラケラと笑うこいつと一緒にずっと居られたら幸せだろう、な。

どっか田舎に引っ越して毎日仕事から帰って来て名無しの笑顔があって、こうして飯を一緒に食べたり風呂入ったり、コイツの顔を見て毎日を何気なく過ごす。んでもって何時か子供が生まれて俺が爺さんになってもコイツと過ごせたら……




「……なあ名無し」
「ん? なーに、シズちゃん」







「――結婚、しないか?」








(命を掛けて絶対お前を幸せにするから)






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