「…何とか…終わったな」
1年近く続いた、ベルンとの戦いのことだ。 今はギネヴィア女王の即位式の最中だが、あいつの姿が見えなかったので俺は席を外していた。 さんざん探しまわった末、城の裏庭に一人佇んでいるあいつを見つけたが、 無理矢理式典に連れて行くことはせずにそのまま俺も傍に居てやることにした。
「これでお前も、やっと色んなもんから解放されるな」
さっきからこうして話をしているが、一向に返事が無い。 口数が少ないのはいつものことだが、俺と居る時に何を言っても無反応というのは珍しい。
「…ルトガー?」
見ると、あいつは何かをじっと見つめているようだった。 逆に、何も見るでもなくただ呆然としているようにも見えた。 何か考え込んでいるようにも見えたし、何も考えていないようにも見えた。 いずれにしろ俺の声は全く耳に入っていなかったようで、ぐいと肩を掴むと初めて俺の方へ振り向いた。
「…何だ、いきなり」
「全然いきなりじゃねえよ。ずっと話し掛けてたんだぞ」
「…そうか。…気付かなかった」
それだけ言うと、あいつは再び顔を背けてしまった。 少しの間を置いた後、思い出したように口を開く。
「…用は?」
「いや…別に、大した話はしてねえけどさ…。どうしたんだよ、ぼうっとして」
あいつは尚も何処か遠くを見据えたまま、その場ではそれっきり口を開かなかった。

 夜になってもあいつの様子は変わらなかった。 さすがに俺に抱かれている間は普通に声を出していたが、 行為が終わって興奮が冷めた途端また黙りこくってしまった。 話し掛けても上の空で、返事をしてくれない。
「…ルトガー!」
「…急に怒鳴るな」
本当に全く聞こえていなかったらしい。よほど集中しているのか、逆に意識が飛んでいるのか。
「お前が返事しねえからだろうが。どうしたんだよ?今日はずっとそんな調子じゃねえか」
「…別に」
あいつはこちらを見ることすらせずに、俯いたままそう言い捨てた。 付き合い始めてからはだいぶ素直に話をしてくれるようになったのに、どういう訳か今は何も話してくれない。 何か俺に言えないようなことでもあるのだろうか? だが何かを思い悩んでいるにしては、辛そうな様子も無くただ呆然としているだけなのが気になる。
「別に、じゃなくて、素直に思うことを言ってみ?」
「そう言われても…何を考えている訳でもない。むしろ…何も、考えられない」
あいつは困ったような顔でそう言った。 …何も…考えられない?どういうことだ。 …一つ、思い当たることがあった。
「…俺さ…心配してることがあるんだが」
あいつは初めて顔を上げて俺の方を見ると、黙って俺の話の続きを待った。 …考えたくもないようなことだ。先を続けるのを思わず躊躇った。 どうも当たっているような気はするが、それだけにあいつの返事を聞くのが怖い。
「お前、ずっと復讐が生きる目的だったから…復讐が終わった途端、何のために生きてんだか分かんなくなった …とか…言わねえよな…?」
俺がそう言い終わるなり、あいつは目を見開いて固まった。 一瞬、口を開いて何か言おうとしたようにも見えたが、言葉は出て来なかった。 …図星だっただろうか。恐る恐る、もう一度問いつめる。
「…言わねえ…よな?」
それでもあいつは固まったまま、何も言おうとはしなかった。 そのまま黙って目を閉じると、俺の肩に寄り添って眠ってしまった。

 翌朝、俺は自分のくしゃみで目を覚ました。 妙に寒いのでふと隣を見ると、隣で寝ていたはずのあいつが居ない。 寝床に温もりが残っていないところを見るに、居なくなってからだいぶ時間が経っているようだった。 …水浴びか? 普段野営をしている時は、朝早く起き出して一人で水浴びをしていることがよくある。 だが、此処は山の頂・ベルン王城。近くに湖も無い。
…何処へ行った…?
周りの奴らにあいつを見なかったかどうか聞いて回ったが、確かな情報は一つも得られなかった。 僅かな期待と共に裏庭へ出てみたが、昨日とは違ってそこにあいつの姿は無かった。 二日も続けて城中走り回ったら流石に疲れて、昨日あいつと居た辺りに座り込んだ。 しばらく座ってぼうっとしていると、疲れの所為か、あいつの居ない寂しさが苛立ちに変わって来た。
 …勝手に居なくなりやがって。 いつもそうだ、あいつは何を考えてんだか分かりゃしねえ。 俺の気持ちも知らないで。どんだけ心配してるかも知らないで。
「もう、知るかよ…あんな自分勝手な奴」
思わずそう口に出した時、ふと、昨日の自分の言葉が脳裏を過った。
『何のために生きてんだか分かんなくなった…とか…言わねえよな?』
『それだ』とでも言うように目を見開いたあいつの顔を思い出すと、次の瞬間『自殺』という言葉が思い浮かんだ。 俺に何も告げずに出て行ったことを考えると、確かにその可能性もある。 まさか…そんな。
 俺は慌てて立ち上がると、城内へ戻ってツァイスを探した。 崖から飛び降りた可能性もあるから、後ろに乗せてもらって谷底を探してみようと思った。 シャニーの方が頼み易かったが、あいにく天馬って奴は男を嫌う。 それでもし見つかったら…と思うと恐ろしかったが、探さないことには安心も出来なかった。 何とかツァイスの協力を得て谷底を端から探して回ったが、結局あいつの姿は何処にも見当たらなかった。
 …不安でどうかなりそうだった。 さっきまで『あんな奴もう知らねえ』などと言っていたくせに。 あんな若僧にここまでのめり込むなんて、俺もどうかしてる…な。 …嬉しかったんだろう。 あれだけ独りを好むあいつが、傍に居てほしいと言ってくれたことが。 如何にも自分がこの世で一番不幸とでも思っていそうなあいつが、俺にだけは笑顔を見せてくれたことが。 あいつは俺のことを特別だと言ってくれたが、俺にとってのあいつもまた、特別だったんだ。 一緒に居る時はあまり実感が無くて、そんなことは口に出したことすらなかったが。 何故、その特別だった俺を置いて一人姿を消してしまったのか…理由は分からない。 俺が心配した通り、自殺を考えていたからだろうか。 遺体が見つからないということは生きているのか、或は別の場所で、もう…。
 …いや、生きている。この大陸の何処かで、あいつは生きている。何の根拠も無いが、何故かそんな気がする。 手がかりは何も無いが、世界なんざ意外と狭いものだ。何年か掛ければ一周出来るだろう。

あいつが姿を消してから2年余が過ぎた。 その後各地を回っているが、未だにあいつは見つからないし、手がかりも何も得られない。 あの後すぐ、シャニーは晴れて天馬騎士団の一員として叙任され、ロットとワードは故郷へ帰った。 傭兵団を解散した後も俺だけは一人で傭兵を続けつつ、こうして大陸中を巡っている訳だ。 この大陸の何処かに…あいつが居ることを強く信じて。 まだ大陸の半分も探していない。きっと、まだ探していないもう半分の何処かに居るに違いない…。 もう駄目だと諦めそうになる度に、繰り返し自分にそう言い聞かせながら。 そうして旅を続けるうち、俺はサカの大都市ブルガルへと足を踏み入れた。
…あいつの故郷。 2年前の戦いで此処へ来た時の、あいつの複雑な表情が思い出される。 初めのうちは、懐かしくなったのか素直に嬉しそうにしていた。 だが浮かびかけた笑顔はすぐに曇って、寂しそうに俯いてしまった。
「…確かにこの街は俺の愛した故郷だ。…だが、俺はもうこの街を知らない。この街の誰一人とて、俺を知らない」
部族というまとまりの中で暮らすサカの民。 同じ部族の者は皆家族同然なのだとあいつは言っていた。 その『家族』を全て奪われ、たった一人遺されたあいつは行き場を無くし、周辺国へ流れざるを得なくなった。 その後他の部族が移り住んで街は復興したものの、それによってあいつはこの街にとって余所者となってしまった。 混血だと言われなければベルン人にしか見えない容姿も手伝って、あいつが此処の出身だなどとは誰も信じないだろう。 …そうだ…この街は最早、あいつの帰る場所じゃない。 だとすると…此処にも、居ないか…。 それでも聞くだけ聞いて回ろうと思ったが、街はやけに静まり返っている。 辺りに人の姿が全く見当たらない。 …何かあったのか?
 かなり遠くの方から人の声が聞こえたような気がして、俺はその方角へ走った。


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