ぼんやりと物思いにふけっていたメルクだったが、そろそろ工房の仕事を始めなければならない時間だと気付いた。

慌てて読み差しの手紙に目を向ける。




《ーそういえば、お手紙で仰っていた、ニオニオンのスープのことですが、
《メルクの星屑》すごく合うと思いますよ!
やっぱりメルクさんは、研ぎ師だけでなく料理人の才能もあるかも。
ボクは本業なのに思い付きもしなかったレシピで、自分が情けなく感じたくらいです》




「料理人…か。そしたら小松シェフの弟子にしてもらおうかな…?」


小松のあの、キラキラした目で称賛されているような気持ちになって、メルクはかすかに笑いをこぼした。

顔が熱い。

耳たぶも、指先もぽかぽかしている。

もちろん胸の中も。




《―あと、今もお仕事忙しいかもしれません。
でも昼夜問わず、寝食も忘れて、なんてだめですからね?

メルクさんの立派な仕事ぶりは、もちろん素敵だと思うしボクも大好きですが…》


「ダイスキデスガ!?」

カッ!とベタフラッシュを背後に背負いながら、作業椅子を蹴倒す勢いで立ち上がるメルクにツッコミを入れるものは、生憎ながら誰もいなかった。


《―体を壊しはしないかと心配もしてます。
メルクさんは
《二代目メルク》
である前に、若い娘さんなんですから。
もう少しご自分をいたわってもバチは当たらないと思いますよ?》



先代なんて関係ない。

メルクさんは、メルクさん。



いつかそう言ってくれた、小松らしい言葉だと思った。

ああ、手紙の前半文だけで、醜い嫉妬と物思いに溺れた自分が恥ずかしい。


小松シェフが、自分を案じてくれている…!

しかも、しかも。


女性としての自分を意識してくれて!


もうこの手紙を宝に生涯をこの山で一人過ごそうと、我が人生に一片の悔いなし!

妙なテンションのメルクは、喜びのあまり立ったまま残りの文章を食らいつく勢いで読み進めた。








〈あ、なんか横から覗いてきたトリコさんに
「その文章セクハラだぞ、小松」
とか言われちゃいました…!

失礼しました、メルクさん!
あの…その、ボクが書いたことが失礼になっていたら、ごめんなさい。

というか、あの。
さっき書いたことはなかったことにしてくれても―》


「トォリィィコォォォォーーッッッ!!!!」


またお前か!

ってか、めいっぱい上げといて〆でこれか!


とにかく、あの憎い青毛を一本残らず剃り落としてやりたいっ…!


黒い炎を背中に背負ったメルクが、手紙を最後まで読んでしまうにはまだまだ時間かかりそうだ―。



end
















《…ああ、でもやっぱり、なかったことにはしないです。

できないです。

だってボクのホントの気持ちですから。

セクハラとかホントにそんなんじゃないんですよ?


メルクさんを心配に思うのも、かわいいなと思うのも、ボクの本当の気持ちなんです。

ホントですよ?》







こんどこそ
ホントに
end

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