小松がそのSOSに気づいたのは、仕事上がりの帰り道でのことであった。
普段あまり携帯電話をいじらない小松だが─何しろ充電が3日に1回程で事足りると言えば使用頻度の低さが知れよう─ふと鞄に放り込みっぱなしの携帯電話が気になりゴソゴソと引っ張りだしてみた。
「虫の知らせ」というやつだったのだろうか。
果たして手にした携帯電話の液晶画面には、普段ならあり得ない数の着信履歴が表示されていた。
「ココさん…?」
美食屋四天王の一人、ココの名がずらりと並んだ着信履歴は圧巻だ。
これがトリコの名ならばハントの知らせかとも思うが、ココとなると思い当たるところが特にない。
その上ココの性格を考えて、こうも何度も頻繁にかけ直しているあたり違和感を覚える。
よほど急を用する話があったのだろうか?
慌てた小松は発信キーをすぐさま押す。
コール音はそう長く続かなかった。
『もしもし…』
「もしもし?ココさんどうされました?あ、小松です!」
『ああ、小松くん…すまないね、何度も電話してしまって』
電話口からもれるココの声は平素とあまり変わりなく聞こえ、ひとまず小松はホッと胸を撫で下ろす。
特に緊急事態というわけでもないようだ。
「着信履歴が沢山あったから、何かあったのかと思いましたよ〜」
『ああ…ごめんね、あんなに沢山かけてしまって。びっくりしただろう?』
「いやぁ…何事かあったのかと心配はしましたが、大丈夫ですよ」
『うん……うん。そうだよね……ハハハ…ハァ……』
「…?」
なんだかココの様子がおかしい。
気もそぞろ、といおうか。声に力がこもっていない。
「…あの。…どうかされたんですか?ココさん。なにかありましたか?」
やはり何事かあったのだろうか?
『え?ハハ…何もない…よ?…いや、まぁ…あったと言ったらあったんだけど…』
要領を得ない話し方は、随分とココらしからぬもので
小松は思わず携帯電話を一度耳から離し、まじまじと画面表示を確認してしまう。
…おかしい。やっぱり何かあったんだ…!
この時、小松の中で使命感のようなものが急激に沸き上がった。
いつも世話になっている、尊敬する美食屋の一人である、ココ。
自分ごとき一般人が─と、自分を評する小松だったがその評価が果たして世間のそれと一致するかはまた別問題だ─ココのような有名人の役に立てるかは定かではないが
このように覚束ない様を聞かされてどうして手をこまねいていられようか。
家路につきかけていた足を駅方面へと向け、腕時計をチラリと見た。
─うん、まだ間に合う!
「ココさん、ボク今からそちらに伺います!」
『えっ…!?』
今から来るの?
ココの驚いたような声音も、やはりよくよく聞けば憔悴の色が濃い。
どうして最初に気づかなかったのだろうか。
「ええ。そちらに着くのはちょっと遅くなってしまいますが…ボクでよければお話聞きますよ!」
『でも…』
「ご迷惑でしたら、無理にとは言いませんが…」
ココの躊躇する素振りを察し一端は引く小松だが、言葉とは裏腹に片手で発券機を操作しさっさと切符を買い求めていた。
『迷惑なんてことはないよ。ただ、本当に大したことでもないんだ…本当に』
「なんだ、やっぱり何かあったんですね?」
『……小松シェフには叶わないなぁ……』
しばしの沈黙の後、苦笑と共に吐き出された降参の響きを聞きながら、小松は笑って電車に飛び乗った。
行く先はグルメフォーチュン。
着くまでに随分とかかるけど、きっと駅には苦笑いを浮かべた占い師が人目を忍びながらも迎えに出てきてくれていることだろう─。