汗を流して、少々の雑事を片し、翌日の準備を簡単に済ませ。
今日という1日が終わる頃、ココはふと気づいた。
「ああ…誕生日か」
もうすぐ、ココの28回目の誕生日が終わろうとしている。
目を閉じれば、いつでもそこに
昔から、誕生日がどうとかあまり興味がなかった。
世間一般的には、ちょっと特別な日で、お祝いをしたりされたりする日なのだと知ってはいたが
さて、それが自分のこととなるとあまりピンと来ないというのが現実だ。
それはココに限らず、今や四天王と呼ばれるようになった庭育ちの仲間達も皆似たような感覚を持つらしい。
なのでほんの1ヶ月ほど前に、知り合いの料理人が
「ココさん、お誕生日おめでとうございます!」
と、手作りのケーキを携えてやって来たのには面食らった。
どうやら、なにかの雑誌だかで美食屋四天王に関する特集が組まれていたらしく、その記事にあったココの誕生日を見て来たらしい。
料理人の名は小松と言い、ココの中では、知人というよりは仲の良い友人というカテゴリに加えたいと密かに思っている相手でもあった。
それ故に、例えそれが本来の自分の誕生日とは違う日でも、(編集ミスかなにかであろう…そもそもココは雑誌社などに誕生日を教えたこともなかった)彼の祝おうとしてくれる気持ちが嬉しかったので、その間違いを正すことはしなかった。
「美味しかったなぁ…あのケーキ」
リビングのテーブルでココは顎に手をやりながら、素晴らしい甘味の記憶を思い返してかすかに笑んだ。
あの日もこのテーブルで、小松と二人で彼の作ったケーキに舌鼓を打ったんだっけ。
体格の小さな小松は、ココの家の大きなテーブルに座するとまるで子どものように見えた。
6つ星ホテルのシェフが手ずから用意したケーキだ、美味くないはずがない。
なのに、ココがケーキを口にする動作をチラチラと
口に合うかと心配そうに見てくるのがさらに幼く見え、くすぐったくも好感を持ったものだ。
…誕生日など、ただ暦上の記録をなぞるくらいにしか考えてなかった自分だし、祝うような年でもないと思っている。
しかしそれでもあんな風に、思いもよらず祝われるとなると─それが親わしく思う相手からならなおさら─
嬉しいものだとココは知った。
逆説、そんな些細なことさえ、今まで知らなかった。
だからこその無関心でもあったのかもしれない。
そんな風に記憶を反芻して楽しむうちに日もまたぎ、ココの(本当の)誕生日は、毎年と同じように何事もなく終わった。
しかし1ヶ月前に祝ってもらった記憶が、ココの心を浮き立つような暖かさで包んでいる。
─なるほど、“誕生日”というヤツはさほどくだらぬものでもないらしい。
そろそろ眠ろうと、伸びをしながらココは思う。
ただ、やはり自分には細かい日にちはあまり関係がないかもしれない、とも思った。
だって小松がケーキを抱えてやって来たのが、5月だろうと8月だろうと、やはりココにとっては嬉しいことに変わりはないだろうし
こうして自分の“誕生日”だというその日に
─自分自身覚えがないのだから、記録された日にちをなぞるだけにすぎないとしても─
そのケーキの味を思い出しては
形のない宝物を慈しむような、
いつまでも無くならない砂糖菓子を楽しむような、
…そんな幸福感を味わえる。
『お誕生日、おめでとうございます…ココさん!』
大きなケーキ箱を大事そうに抱えて笑う、小さな料理人の姿を思い起こして、またココは一人小さく微笑みを浮かべた。
「ありがとう…小松くん」
とても素敵な誕生日を。