毒を持つ生物というのは本来、至極用心深い傾向にある─というのは、トリコの持論だが
『庭』時代からの長い付き合いになるココを見ていると、あながちそれも外れていないように思う。


類いまれな観察力の高さは翻して言えば、常に相手を見極めようと構えがちな性質からとも言えるし
言わずと知れた毒体質に至っては、説明不要の『誰も僕に近づくな』っぷりだ。


毒があるからそうならざるを得なかったのか、元からの気質が作用して毒体質を得るに至ったのか
─卵が先か鶏が先か─
まぁ、なんにせよココが容易に人に『なつく』ことがないことは、よく知っているトリコである。


ちなみに『なつきにくい庭育ち』は、ココに限ったことではないのだが…それは蛇足であろう。



さて、そんな『なつきにくい』毒人間様が、どうしたことか出会って間もないごく普通の人間に、ひどく傾倒しているようだ。


(“自称ドール”の男を、普通の人間とカテゴライズするかどうかは定かではないが)







「小松くん、そこ、石が飛び出してるから気をつけて」


「あっ、ハイ!」


「小松くん、少し傾斜がキツいみたいだ、手を貸そう」


「えっ?ホントだ…ありがとうございます!」


「小松くん、もっとちゃんと掴まっていいんだからね」



「小松くん─」


とにかく一事が万事“小松くん”なわけだ。




うっすらとした闇が拡がる洞窟内の、比較的広い空間で休憩を取っている一時を見計らい、トリコは口を開いた。


「おい、ココ…お前、小松くん小松くん言い過ぎじゃね?」

「…なんだって?」

眉を潜めて問い返す優男の表情はそっけない。

先ほど自ら“精食人間”とまで評した小松へ向ける紳士的な表情とは雲泥の差だ。


「お前が会ったばかりの人間をそこまで気にかけるのも、珍しいと思ってな」

「何言ってるんだ、一般人に対する当たり前の気遣いだろ……食欲第一主義のお前と一緒にするな、やんちゃ坊主」


ずいぶんな言われようだが、お互い長い付き合いだ。


さして気にもとめず、少し離れた場所でポキポキキノコの採取をする小松にチラリと視線をやる。


「…お前の目にはどう映った?」


短い問いには主語がなかったが、ココには十分通じたようだった。


「…少なくとも彼の言うような特殊な生まれの生物でないことは確かだ」


だよな、とトリコも頷いた。


「浜辺でやらかしたあの豹変っぷりはちっと気になるが……ただの思い込みの激しいヘンタイとしか見えねーよな」


「お前はまたそーいう…」


眉間を抑えるココに、トリコは唇を尖らせる。


「だってそーだろ?いきなり人のチン…」

「小松くん!あんまり遠くに行くと危ないからね!」


際どい単語に被せるようなココの呼び掛けに、沢山のキノコを抱えた小松は「ハイ、ココさん!」と素直にこちらへと戻ってきた。


「…お前は少し口を慎むことを覚えろ」

小松の方へ笑い返すその笑顔のまま低い声で呟かれても、トリコは堪えた様子もない。


「事実だろーが」


「…だからそれが気になる」


「…あ?」


会話が噛み合っていないちぐはぐ感を覚え、眉を跳ねさせるトリコ。


「だから、小松くんがだよ。…一見普通の人間に見える。ボクの目で視てもお前の鼻で視ても、それは確かだ」


「だけど、その…先ほどの奇行といい、ときたま見える電磁波の乱れといい…なにかよくないものを感じるんだ」


「そりゃ良くはねーな、人様の股関剥き出しにしようとしたあげくチン…」


「小松くん!そっちにも、別のキノコが生えてるみたいだよ、そう、そこ!」


先ほど同様、またも不自然なほどの笑顔で小松に呼び掛けて
こちらの台詞を遮るココを半目で眺めながらトリコは切り出した。


「…ハッキリ言えよ、ココ。何が言いたい?」


ズバリ指摘してやると、ココは流すような目線をくれながら答えた。


「…洞窟から出たら、小松くんを保護したらどうかと思って」


ココの言葉に、しばし二人の間に沈黙が落ちた。


小松がキノコを探す、小さなはしゃぎ声がやたらと響く。


「あー…ココ…お前さ………あいつは絶滅危惧動物でもなければ、5才児でもないぞ?」


保護って、お前…。

呆れた口調にも、ココは怯まずさらに言い足してくる。


「確かに小松くんは彼の言う人外でないし、見る限り判断能力を備えた年齢の子だろう」

「─だけど、彼にとって“よくない思い込み”に縛られて“よくない人間関係と環境”の中にいることは確かだ…そこから抜け出すには第三者の介入が不可欠に見えた」


「ああ、で?」

長台詞をスラスラと語ったココを、トリコは面倒くさげに切って捨てた。


短くあっけない一言に固まるココ─この男にしては珍しく、動揺しているようだ─に、さらに畳み掛ける。


「保護って言葉が気に食わねーが、お前の言うのももっともだ。
まぁそう思うんなら、お前が責任もって“保護”してやれよ」


「…ボクはお前に頼んでるんだけどなぁ」


ボソボソと何やら不満気なぼやきが聞こえたが、無視する。

頼むが聞いて呆れる。

そちらこそ人の口の利き方云々を言う前に
人に対する物の頼み方を覚えてこいという話だ。


「沢山とれましたよ!お二方!」


満面の笑みでこちらへ戻ってくる小松を迎えると、一行はまた洞窟の出口を目指して進み出した。


トリコは歩きながら、何やら考え込んでいる風のココの肘を軽くつつくと、彼にしか聞こえぬ声で言ってやった。


(…お前があいつを心配するのは、わかる。なら俺よりもお前が連れて行ってやればいい)


薄暗がりの中、ココの横顔が迷うような素振りを映す。


(毒を気にしてんなら、杞憂だ。あいつはそれを気にもとめねぇ)


後をついてくる小松の、小さな足音を意識しながらココの背中をひとつ大きく叩いてやる。ココが頼むとまで言うならば、トリコが小松を連れ出してやっても構わない。


しかし、今まで自らの毒体質を懸念して、ことさら人を遠ざけてきたココがそこまで気にかけるという相手ならば
ココ自身が手元に引き連れて行くべきだろう─それが小松の為になり、敷いてはココの為にもなる─。


トリコはそう考えていたのだ。




しばらく無言で歩み続けていた3人であったが、洞窟の出口を意味するかすかな光を認めた小松が
大げさなほどに喜びだして、とたんに騒がしくなりだした。


外には小松の言う“ご主人様”らが待っているはずだが─さて、ココは無事お人形を持ち出すことが出来るやら?


青い頭の後ろに手を組みながら、未だ難しい顔をして黙り込む優男を
興味深い思いで盗み見るトリコだった。











洞窟の出口を見つけた小松は、こちらが止める間もなく一目散に走り出した。


「ゾンゲさま〜っ!!」


小松の呼び掛けに呼応して、洞窟の外からワイワイと喧しい声が聞こえてくる。

ご主人様は人形の帰りを今か今かと待ちわびていたようだ。

トリコは隣のココと二人、目配せしあって苦笑いをしてみせる。



「こ、こっ…ごまづぅぅ〜ッッ!!!!」


「ゾンゲ様ーッ!!」


「心配ざぜやがっでぇぇ〜ッ!ごの野郎!!」


「ごめんなさい…ゾンゲ様…」


感極まって男泣きにむせぶのは、洞窟に入る際にトリコが声をかけた、怪我を負っていた男だ。

今は簡単な治療を施したのだろう、額に包帯を巻いたその男の名はゾンゲというらしい。


「良かったですね〜ゾンゲ様ぁ〜ッ」

「涙と鼻水だらけですよ〜ゾンゲ様ぁ〜ッ」

「うっ、うるせぇっこれは、あれだ!心の汗だ、バカヤロー!」


取り巻きと共に和気あいあいとやっているところに、トリコはあえて空気を読まずに口を挟んだ。


「よぉ、小松!よかったな。ご主人様に会えて」


「あ…ハイッ!あの、ありがとうございました、トリコさん…それにココさんも!」


振り返り、深く頭を下げる小松を見たゾンゲら一行も、点でバラバラに礼をしだす。


「おぉっ!俺はお前らならやってくれるって思ってたぜ!ありがとな」

「いや〜ゾンゲ様がやられた時はどうなるかと…ホントに助かりました〜」


「どうもありがとうございます〜」


ヘラヘラバラバラ…気の抜けた感の拭えない空気を気にした風もなく
大きな手で彼らを制する。


「いやいや、大したことはしてねーよ、気にすんな。ところで…なぁ、小松」


「ハイ、なんでしょうトリコさん」


「お前さ、“ご主人様”を変える気ねぇか?」


ニカッと笑って、コイツにさ!とココを指差すトリコだったが


「バカか、お前はっ!?」


ボカッ!!


「あ痛てっ!」


勢いよく振り抜かれたココの拳に、後頭部を引っぱたかれ
頭を抱えてうずくまってしまった。


「小松くん、こいつの言う事は気にしないで…」


真性の馬鹿の言うことだから!
などと弁解するココの表情はあくまでも笑顔だったが
その額には動揺を示してか毒が滲みているのが見てとれる。
唐突かつ、あまりの展開の早さにこれといった反応もできず
ぽかん、とした様子のゾンゲ達だったが、一足先に小松が我を取り戻し、困惑気に─しかしやたらハキハキと─口を開いた。


「ご主人様を変えるというのは、ボクの一存ではなんとも」


ねぇ、ゾンゲ様?

驚きにフリーズしていたゾンゲだが、小松に見上げられ、動きを取り戻した。

「お、おおっ!…こ、コイツを連れてくってんなら、俺を通すのが筋っても」

「じゃあ、これで譲ってくれよ」


ゾンゲの言葉を遮ったのは、ココに殴られた頭を抱えていたはずのトリコだ。

ニカッと笑うその手で、グルメケースを示している。

ケースの中で輝くのは


「「「フ、フグ鯨ーっっっ!?」」」


だった。

目玉を飛び出さんばかりの勢いで驚きの声を上げるゾンゲ一行。

それを見たココは慌て非難の声を上げた。


「お前はさっきから何を言ってるんだ!」

「何って…取り引きの交渉だろ。小松自身についてこいっつったって、本人がご主人様を通せってんだから…」

「食材の取り引きするみたいな言い方をするな!小松くんに失礼だろう!?…大体お前は─」


ヒソヒソと─ココとしては声を抑えているつもりでも、小松を含むゾンゲ一行には丸聞こえなのだが─
やりあう美食屋四天王二人を、話の渦中にいる小松自身は、困ったような、しかし不思議なものを見るような視線で見つめていた。

そして、フグ鯨を前にして興奮を隠しきれないゾンゲらを振り返り、その様子をじっと見つめて、しばし。




「ゾンゲさま…ボク、この人達について行っても構いませんか?」





おずおずと─だが、やはりどこかハキハキとした調子で─決断の言葉を紡いだのだった。





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