その日は、熱中症に注意するべき夏日だと予報が出ていて、それは外れることなくむしろさらに過酷な天気を思わせていた。

なにしろ午前9時の時点で都心ではすでに30℃を超しており、今や40℃に届く勢いを見せている。


そんな灼熱の猛暑日和だと言うのに、この臨海地区の駄々っ広い駐車場には、長蛇の人の列が延々とつらなって見えていた。

並んでいるのは若者が多く、皆一様に日除け帽子や大判タオルなどを被り、日差し対策に余念がない。

何がしかのイベントの開場待ちの列なのだろうが、そのイベント会場のキャパからしてなかなかの規模だということは想像に難くない上、とにかく待機列の人間の数が凄まじい。

見るものが見れば、人間界に現れたマザースネークに例えるだろう、とにかく長い人の列、列、列だ。


そしてその数えるにも恐ろしい数の人並みの中に、自称・トリコの未来の花嫁(仮)リンが、汗にまみれながらもニコニコと機嫌よさげに並んでいた─。



ここまで説明すれば、言わずと知れようか。


そう、リンは数ヵ月前のあのネットサーフィンの際、開けてはならない扉を開き、目覚めてはならぬ方向に開眼してしまったというわけだ。








トリコファンサイトを巡るネットの旅─リンがたどり着いた終着駅は、所謂お腐り神の世界であった。

二次元・三次元を問わず、男同士を絡ませあう表現は独特な世界観を形成し、圧倒的に女性の表現者が多いのが特徴的だ。

その中でもリンが求むるものは

「トリコ受け!これしかないっしょ!!」

である。

というよりは

「別にトリコ以外のオトコがどうこうされてても特にキョーミないし!」

なのだ。

彼女のシンプルな主義思考をもっとも端的に表しているのが最近リンが始めた、SNS、ぐるめったーのプロフィール欄である。


【ID:toririnlove…リン@トリコ激LOVE

トリコ総受け至上主義!リバも攻めもノーセンキュー。
IGO系他CP・してんのう他キャラには全く興味ないし(≧ω≦)b】



お腐れ教の上級者達からすれば、あらまあカワイイひよこちゃんだこと…と微笑みを誘いそうなこと請け合いであるが、彼女としては至極真面目にトリコ受けを推進している。


こうして慣れないイベント参加に挑んだのも、沢山の同士がその熱い想いの丈を自らの製作する発行物に全力で叩きこみ世に放つというから狩りにきたわけだ。

こちらの世界にはまりたてとは言え、現実のトリコを想いに想った年月を背景に持つリンの情熱は、なるほどお腐れ教の先駆者達─貴腐人や汚超腐人、腐女神などとも呼ばれる─にも負けずとも劣らないものがあるだろう。


灼熱の日差しも何卒ともせず、リンは持参していたスポーツ飲料を一口含むと、この日の為にしっかりチェック済みのサークルマップを、持ち運びしやすいように裁断したカタログと共に肩掛け鞄から取り出した。


グルメ時代の今日、露出の多いIGO関係者は同人人気も高い傾向にあるようで、その中でも四天王に関してはジャンルコード・美食屋(四天王関係)などが用意されている。


リンのお目当てのトリコ受けは、ココ受けと双璧を成すメジャージャンルらしい。

相手はこれもまた様々だが、もっとも多く見られるのがココのようだ。


まあリンにしてみれば、左側に拘りは全くないのだったが。


しかしこうしてカタログを見ていると、しみじみとお腐り教の業の深さを思わずにいられない。

伝説の美食屋、アカシアとIGO会長一龍との師弟CPはまだしも、あまり世間に顔を出すことのないハゲ親爺ことマンサムと茂松のCPをメインに活動しているサークルカットを見た時は、我が目を疑った。
あげく、最近四天王関係でちょこちょこ出てきたという“小松シェフ”絡みのCP。

これもリンにはいまいち理解が及ばない。


(そりゃ小松さんはすごくいい人だしー…センチュリースープまで作っちゃう腕前の名シェフかもしれないけど…見栄えがよくないじゃん!…小松さんには悪いけど…)

だがしかし、この世界に足を踏み入れた初期の頃、全てのトリコ攻めCPが許せないリンがファンサイトに突撃をかけていた時に返されたコメントを想いだし、リンはプルプルと首を振る。

“他人の萌は自分の萎え”

“自分の萌えは、他人の萎え”


趣味思考は千差万別なわけだから、理解する必要はなくとも、お互いの世界は認めい尊重しあわねばならない…世界平和の標語にも通じそうな言葉であるが、あくまでもホモCP論争であることは忘れてはなるまい。


そんなわけで、リンはリンでトリコ受けのみを追いかけることを続けたが、その他のCPをむやみに排他するような思考・行動は慎むようになった。

一般的なトリコファンサイトを(自覚無しとは言え)荒らしまくっていた以前の彼女と比べると、人間的には相当な進歩と言えよう。

なんとも素晴らしいお腐り教のお教えである。


「あ〜!入場が楽しみだし〜!」

うだる暑さをものともせず、テンションを上げるリンが開くカタログの一頁。

その中ほどの所謂大手と呼ばれる壁配置のサークルカットのひとつに、頭にはコック帽、鼻に特徴のある男性キャラが、かなり可愛らしくデフォルメして描かれている。

そのカットにはこんな明記があった。


【「めるくや本舗」…こまつシェフ中心。新刊、R18総受け本デス!】


だが、そのカットがリンの目を引くことはイベント終了後もついぞなかったという─。







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