「前の顔は、美ってもんから遠く離れた造りしてんのに、んでお前を見てっと、んなにキラキラして見えんだ?」
飴篭を抱え込んだサニーの素朴な問いに、パティシエは顔を赤らめて返した。
「し、知りませんよ!ってか、さりげ失礼な事言いますねっ」
「…前、毎日ここにいればいいし」
「…サニーさん」
「前が来ない日はマジでつまんねー。っつか、なにもかもがつくしくねーし」
幼子が駄々をこねるような響きで言い募る。
でもどうせ答えはわかっていた。
ボクが毎日ここへ来るのは無理です、仕事もあるし、この森もなかなかに、遠い。
サニーの在処がこの高く狭い塔にしかないように、パティシエにも己の世界があるのだと言う。
鼈甲色の篭をぞんざいに掴んで、サニーはあとに続くであろう決まり文句を思って唇を尖らせた。
だが、しかし。
「…本当にボクと一緒にいたいんですか?」
密かな、どこか決意を滲ませた問いに、サニーは切れ長の瞳を瞬かせると
「ん、毎日一緒にいたいし」
あっけらかんと答える。
パティシエはその答えを聞くと、くしゃりと顔を歪め、寝台に腰掛けた自分の膝 を強く握りしめ黙りこんでしまう。
うつむいた彼の耳の裏が酷く真っ赤に染まっていて、サニーは面食らった。
どこか痛むのだろうか?
焦ったこちらが口を開く前に、彼は決然と顔を上げた。
「それなら、塔を降りませんか?サニーさん」
塔を出て、それから…ボクと一緒に暮らしませんか?
まるでプロポーズのような言葉だったが、物知らずなサニーがそれを知る由もない。
ただ、思いもしなかった提案に、一も二もなく頷くだけだった。
育ての親には悪いが、打ち明けずに塔を離れることにした。
どう言ったところで納得するはずもないと思ったし、養い親の粘着質な性格を思えば、面倒事になるのは目に見えていたので。
朝焼けがけぶる、ごく早い時間に約束をしていたので、前の晩は興奮して眠れなかった。
朝になったら、あいつが来る。
したら俺は、甘く美しい芸術品が創られる様を、あいつの横でずっと眺めて過ごせるようになるんだ…!
明けの明星が光る頃、サニーはかのパティシエの気配を塔の下に捕らえた。
だが、どうもおかしい。
彼は今まで一度も使ったことのない、“裏口”にいるようだった。
北側にある窓に飛び付いて、慌てて覗きこむ。
鬱蒼と繁る茨の合間、ぽっかりと空いたスペースに待ちわびた彼の姿を認めた瞬間、サニーの長い髪はざわめいて、その小さな体を掬い上げていた。
「…っかヤロー!!んな茨だらけのトコ、わざわざ回ってくることねーし!」
顔と言わず体と言わず、あちこち引っ掻き傷だらけのパティシエを抱え込むと、その小柄な体躯がブルブルと小刻みに震え、ひどく冷えきっていることに気づいた。
寝台の毛布を髪で引き寄せ、頭からかぶせて巻き込むと、しゃくりあげる声まで聞こえてくる。
「…まつ?どした?」
彼の心の動きがさっぱり分からず、途方にくれてパティシエの名を呼ぶと、鼻を啜る音を挟んで掠れた声が答えた。
「…サニーざん…お、お…おじえて…教えてください…」
「んだし?」
「…この、ほねは…この、ひっ…ひとの骨、は…一体、なんなんですか─?」
その時初めて気がついた。
小さな腕の中に示された、しゃれこうべ。
すでに物言わぬ人の頭の成れの果ては、かつてサニーが玩具にしていたもののひとつだ。
「…ああ、それ?俺が昔遊んでたヤツ」
あっさりとしたサニーの答えに、パティシエの腕に力が込もり、抱かれたしゃれこうべが軋み声を上げる。
「…あ、あそんでた…?」
「そだし。暇潰し」
唖然とした表情の彼を不思議に思いながらも、その腕が大事そうに抱きしめるガラクタが気にくわない。
パティシエの腕は、そんなものを抱くためにあるものではないのに。
「…あなたが……………ころしたんですか?」
震える唇から漏れる問いに、サニーはあっさり頷いた。
「そだし」
サニーの答えにパティシエは、低い呻き声を漏らした。
それは絶望に満ちた嘆きの響きだ。
「…あの茨の中に埋もれた、沢山の人骨もっ!…みんなあなたが命を奪った人たちですか…!?」
今まで一度も目にしたことのない彼の激昂に、こちらの感情も引きずられたように昂る。
「んだよ!だからなんだっつーんだし!んなもん、ただの玩具だよ、大したことじゃねーだろっ!」
叫ぶ勢いのまま降り下ろした平手は、彼の腕から頭蓋骨を撥ね飛ばした。
「あっ!」
白い頭骨は放物線を描いて、白み始めた窓枠の向こうへ消えていく。
間をおいてかすかに響く乾いた落下音に、堪えていたのだろう、パティシエの涙腺がぶつりと切れた。
「…なんて…ことを…」
静かに嗚咽するパティシエの姿に、サニーの激情も冷めて、また困惑がかえってきた。
「…まつ…?」
「…まちのひとたちが、噂してたことが…………まさか本当だったなんて…」
森の塔に住む、呪われた“髪長姫”
通りかかった人間を、その長い髪で絡みとっては、塔の小部屋でくびり殺してしまう。
それはパティシエ─小松の住む街で、まことしやかに語られる、塔の魔女についての恐ろしい伝聞。
そして小松の住む街では、魔女は火あぶりの刑に処するのが常だった。
「…やっぱり、ボクはあなたを連れていけない…」
涙を含んだパティシエの声は、サニーにひどく衝撃を与えた。
「ハァッ!?んでだよっ!?」
小さな肩を掴んで力まかせに揺さぶる。
「前の住む場所で、沢山のキレーな菓子を見せてくれんじゃなかったのかよ!?松っ!」
「っ!連れてけるわけないでしょうっ!?あなたは“魔女”…殺人者なのにっ!」
叫んだ拍子に飛び散るのは、朝焼けに光る涙の滴だ。
「サニーさん…サニーさん!…あなたは知らなかったかもしれないけど、…ヒトがヒトを殺してはいけないんです!」
ましてや、戯れに命を奪うなんて!
その血を吐くような訴えも、サニーには解せない。
人は獣を殺すし、獣も人を殺すでないか。
同じ命なのに、何故人が人を手にかけてはならないのだろうか?
しかし今重要なのは彼の涙だ。
その心を悲しませただろう、自分の行いだ。
だが、育ての親はなんと言っていたか?
「…暇な時は…人間捕まえて遊ぶといいって、教わった…」
途方に暮れたようなサニーの呟きに、小松がいよいよ頭を抱えて泣きじゃくった。
「ッ!!……っぅ〜っ!…サニー、さん…」
「…ま、つ」
パティシエの泣き声は、眩い朝陽の光の中、狭く高い塔の小部屋に、いつまでも響いた。
ノヂシャの名を持つ“髪長姫”は、その涙を止める術を知らず、美しい朝の光の中で
ただただ、立ち尽くすしか他なかったという。
その涙のほんとうの意味も
未だ知らないラプンツェル