暇になったら、塔の下を通る人間を捕えて遊べばいい。



親代わりの人間からそう教えられているサニーは、いつもその言葉に従順だった。



とにかく一人きりの塔の上は退屈ばかりでつまらない。


暇をもて余さない為にも、遊び相手は必要不可欠だ。

幸いにも彼が住まう塔は、それなりの規模がある街道から僅かに逸れた森の中にあった。

そのおかげで、道に迷った旅人がなにがしかの助けを求めてやってくることが度々あり、遊び相手に事欠くことは少ない。


今日もほら、何も知らない迷い人がノコノコとやってきた。

「お。新しいヤツが来たし」



暇潰しにいじくり回していた玩具をぽいっと北側の窓から放り出し、サニーは南に面した表窓から顔を覗かせる。


─地上では、少年然とした雰囲気の小さな男が、不思議そうな顔をしてこちらを見上げていた。











塔の上のノヂシャの君は未だ『 』を知らない











今回の獲物は今までのそれと比べると、どこか風変わりな印象を持つ小男だった。


サニーの長い髪に掬い上げられた際にはさすがに大騒ぎをしていたが、塔の中に招き入れられた今は、ビクビクと怯えつつも興味深げにこちらを伺ってくるのがわかった。


触覚から伝わるのは、かすかな緊張と純粋な探求心。

それからひどく、甘いあじ。


「…おま、体になんか塗ってんのか?」

「ぅえあっ!?ぼっボクですか?いえ、特になにも……なんか匂いますか?」

声をかけられて驚きを露にするその顔はひどく素朴なもので、美しいものが好きなサニーからすれば少々物足りない。


「ああ、もしかして飴の匂いかな?」

「あめ?」


「ハイ。ボクはパティシエなんですが、今日はずっと飴細工をしてたんで」


「んだ、その…ティシエ?…って」


物心ついた頃からほとんどの時間を塔で過ごしてきたサニーには、聞きなれない言葉ばかりだ。

先ほどから触覚が伝えるあまやかな刺激も、今まで味わったことのないもので、ひどく興味を引かれた。


「パティシエは菓子職人のことを言いますね」

「ししょくにん??」

「えーっと……お菓子を作るお仕事です」

「……………かし?」

彼ははサニーの無知を笑ったりしなかった。

代わりに大きな瞳をパチパチと瞬かせた後、子どもにするような和んだ表情を浮かべて見せる。

そして懐から、小さな包み紙を取り出した。


「…今は手持ちぶさたでこんな物しかありませんが」


包みの中には、様々な色合いの粒がいくつか詰められていた。

星の欠片を思わせる淡い色のその粒は、俗に金平糖と呼ばれる砂糖菓子だったのだが、もちろんサニーはその名を知らない。


知らないながらもサニーの両目は金平糖に釘付けになる。

「…つくしい…」

唇を尖らせてしげしげと眺めるサニーの頬は、興奮した子どものような火照りを見せていて、パティシエからすると微笑ましくうつったたようだ。

クスクスと笑いながら、どうぞ食べてみて下さい、と包みを差し出してくる。


「く、くっちまうのか?」

「はい、お菓子ですから」

「んなキレーなのに、もったいないし!」

「でも美味しいですよ」


美味しいと言われてサニーはぐっと息を呑んだ。ずっと眺めていたい、自己主張をしない小さな小宇宙。

けれどその星々は見た目を裏切らない美味だという。

食べてみたい。けど食ったらなくなる。

でも、食べてみたい。

結局、パティシエの「またいつでも沢山持ってきますよ」という言葉に肩を押されて、サニーは星屑を口に入れた。









それからは、高い塔の上で考えることと言ったら、パティシエのよこす甘い魔法のような菓子のことばかりになった。












パティシエがやってくるようになってから、サニーの“遊び”はぴたりと止んだ。


彼がもたらす甘い美に比べると、今まであんなに夢中になっていた“暇潰し”が、なんの魅力もないつまらないものになったもので。


パティシエの来訪を無邪気に心待ちにしているサニーだったが、ひとつだけ気をつけていたことがある。

それは、まれにおとなうサニーの育て親とパティシエを、鉢合わせさせないことだった。

極度の人間嫌いが高じて、養い子の元へすらそう度々は訪れない義理の親は
サニーが余計な知識を身につけることを酷く嫌う。


それ故のこの住み処だ。


怪しい呪術を扱う義親が、パティシエの存在を知ればどう出るかなど、いくら頭のあまり良いとは言えないサニーだとて想像に難くない。

高い塔の、煉瓦で設えられた狭い部屋。

窓から覗く、木々の群れ。


時たま現れる、暇潰しの玩具。野を歩む獣。空とそれを横切る鳥の羽ばたき。

そして時々闇夜を裂いて訪れる、巨大な黒鳥とそれに乗った養い親。

それだけがサニーの世界の全てで、今までそれ以外の何をも欲したことなどなかったのだ。

煌めく星も、夜を掻き分ける力強い朝焼けも、萌える若葉も、艶やかに光るカラスの濡れ羽も。

全てが美しく、サニーの目を楽しませた。



だが今やどうだろう。







ガラスの艶を持つ、ティアラの飴細工。

甘い香りを放つ、チョコの薔薇。


優しい丸みを帯びた、ボンボニエール。

甘く、儚く、美しい、パティシエの手から織り成される美味に、サニーの世界はすっかり様変わりを経た。


彼の来訪が待ち遠しく、また彼がいない塔の小部屋は日々味気を無くしていくばかりだった。













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