青銅という金属はその名の通り、青みを帯びた色なんだと誤解する者は意外と多い。
例えば、目の前の小さな料理人。
「えぇっ!?銅?
銀で出来てるんじゃないんですか?」
彼が指さすのは壁に立て掛けられた杖に絡み付く、白銀色の蛇のモチーフだ。
振り返って大袈裟なまでに驚きを表す彼に、頷いてみせて数秒。
………………………………………………
「…って解説は無しですかっ!?」
話が始まりませんよっ!
相も変わらず元気な突っ込みをもらった鉄平は、その小さな料理人─ホテルグルメのシェフ・小松─に、眉を落として笑って見せた。
青銅の蛇を掲げて
遠い氷河の果て、極寒の地アイスヘルに住まうはずのウォールペンギンの子どもが小松に懐き、養われるようになったのはつい最近のことだ。
絶滅危惧種とはとても信じられないような頑強さを誇るこの子ペンギンは、都市部に居住する小松と生活していく日々にも、特にストレスを感じているそぶりもなく平和に過ごしているようだった。
しかし、小松のほうはそうもいかない。
気候や食べ物が合わないのではないか。
ストレスを感じてはいないか。今現在の生育方で間違いはないか…。
心配事は尽きない。
そんな小松に、センチュリースープのお披露目会後、声をかけたのは鉄平のほうだ。
心配事があるなら、自分に聞きにくればいい。
健康診断の真似事くらいならば、いくらでもするから。
恐縮しきりの小松であったが、何しろ相手は絶滅危惧種だ。
相談に乗ってくれるような相手もあまりいないようで、時たまこうして鉄平の住み処を尋ねてくるようになった。
しかし小松の住む街から癒しの国ライフは結構な距離があり、慣れぬ交通網を何時間もかけて往復するのは結構な強行軍だ。
おまけに子ペンギン連れとあっては言わずもがな。
故に小松がやって来る際は、子ペンギンの健診が終わると泊まって帰るのが日課になっていった。
健診だけでなくお互いの近況報告や、ライフの名所めぐり、小松が腕を奮った食事を師匠の与作を交えて楽しんだりと、どこからか
「あれ?どこの週末婚カップル?」
とツッコミが聞こえてきそうな意気投合ぶりだ。
今も見事な蛇の細工を眺める小松の腕の中で、件の子ペンギンが安心しきったように眠りについていた。
時刻は深夜を回っている。
「…青銅は錫の含有率によってその色を大きく変えるのさ。そいつは一定量以上の錫を含ませてあるから、そんな白銀色をしてるんだ。
あと経年によっても色は変化する。
時がたてばその蛇も名前の通り緑がかった色になるんじゃないかな」
「黙ってたと思ったら、今度は一気にしゃべるんですね…」
あはは…
なんとなく力ない笑い声を上げる小松だが、鉄平の説明を内心では感心して聞いていたに違いない。
好奇心旺盛なコックの瞳がキラキラと見開かれ、白く輝く蛇に再度意識を向けた様子を見ればそれも簡単に分かろうというものだ。
青銅の蛇。
死と再生を意味するその意匠は、死の恐れに迷う羊らを導く羊飼いを表す杖に固く絡み付く。
その杖は、鉄平を含む全てのグルメリバイバーらの証を立てる印でもあり、決意の象徴でもあるものだ。
再生屋として初めての仕事を手掛けたその時に、師匠から下された青銅の蛇は、未だにその手に戴いた当時と同じ白銀色を失っていない。
以前一度目にした与作の杖に絡んだ蛇は、その名に恥じぬ、くすんだ緑に静かな青色を秘めていたものだ─。
「…つまりは俺も、まだまだひよっこってことなんだなァ…」
「意味がわかりません!」
一人言のつもりの呟きに、すかさず響くツッコミの声が清々しい。
「けどこの杖は一体何に使うんですか?前にお邪魔した時はなかったような気がしますが…」
小松の問いに、鉄平は彼の観察眼の確かさを感じた。
そう、普段は特に使うこともない象徴に過ぎないその杖は、毎年鉄平の誕生日の夜になると人目のつく壁際にそっと立て掛けられる。
なんとなく鉄平が定めた習慣だ。
誰に何を言われたこともない。
ただ、次から次へとやって来る依頼をこなすその内に、この杖を手にしたあの日の決意や誓いを、忘れはしなくとも薄れさせてしまうのではないかと危惧する気持ちがあったからかもしれない。
自らに対する自戒の意も込めて、年に一回杖を引っ張り出してくる。
己の誕生日の夜に。
笑い含みに小松を眺める鉄平は、胸中で一人ごちる。
だけど小松くん。
オレはそれをキミに説明しようにもそうするわけにはいかねえんだ。
だってもしキミにそんなことを言おうもんなら
『どうして誕生日だって言ってくれなかったんですか〜っ!?』
って、大騒ぎすることは目に見えてるからな。
いい年こいて誕生日なんて気恥ずかしいし、キミに気を使わせるのも本意じゃない。
沈黙は青銅なり。
あれ?違ったか?
「鉄平さん、さっきから何ニヤニヤしてるんですか…?(ちょっと気持ち悪いっす)」
「ニヤニヤ!?いやいや、小松くんに料理作ってもらったし、いい誕生日だったと思ってただけ……………………………………ハッ!?(゜ロ゜;」
「え……て、鉄平さん……今日……っていうか、もう昨日……………誕生日、だったんですか………!?」
「…………………………………………(゜ロ゜;」
「どうして誕生日だって言ってくれなかったんですか〜っ!?」
じゃあ来年!
来年こそは一緒に祝ってくれよ、な?