グルメフォーチュンで途中下車したトリコは、昔馴染みでもあるココに再会し、今回のハントへの協力を依頼した。


やたらと渋るココに
「俺に死相でも見えたか?」

と、トリコが不敵に訪ねると、97%の的中率を誇る占い師は曖昧な表情で否定した。

「…いや…死相ではない…けど…」

「けど?」

笑い含みに訪ねてくるトリコには、およそ緊張感の欠片も見られない。


ココは溜め息まじりの視線を明後日の方に向けた。

正直、口に出すにも微妙なモノが見えてしまったのだ。












……色欲の難あり、と。














洞窟の砂浜。

深海の珍味・フグ鯨が、10年に一度の産卵の為にやってくる浅瀬はその最深部にある。

すでに入り口周辺には、様子を伺う盗賊や殺し屋連中がたむろしていた。


彼ら全員の顔に見える死相に、ココが無言で眉を潜めていると、なにやら洞窟の入り口あたりが騒がしい。



「あれ…あいつら…?」
隣で小さく呟くトリコの言葉に目をやると、美食屋の一行と思われる男達が
団子のように絡まりながら走り出て来るのが見える。

うち一人はどうやら怪我を追っているようで、ひどく興奮した様子で何事かわめきたてているのを、残りの二人が必死になだめているようだった。


ただならぬ様子の彼らに、トリコが足早に近づいて行き、ココはその後を追う。

「畜生っ!小松っ!こまつーっ!」

「ゾンゲ様!お、落ち着いてください!」

「ゾンゲ様〜っ!
血が…怪我に触りますって!」


「おい、お前らどうしたんだ?」


地面に座りこんで騒ぎ立てる三人を、トリコが腰を屈めてのぞきこむ。

明らかに非常事態なのは見てわかるだろうに、随分と呑気な態度だ。

そんなトリコに怒りを覚えたのだろう、怪我を負っている無骨な大男が、額から大量の血を流しながら吠えた。

「どうしたもこうしたもねぇっ!
中でバケモンに襲われたんだよ!!」


男の相当な剣幕にも一切動じるそぶりもなく、トリコはその血走った目を見返しながら、無感動に返した。

「それで、中に仲間を置いてきちまった、ってか?」



「!!」


「なんだって…!?」


男達やココの間に走った驚愕と動揺の気配にも頓着せず、
トリコは背筋を伸ばしたかと思うとココの肩を叩いて笑い、
「さぁー出発だ!
行くぜ、ココ!」

と気合いを入れてさっさと洞窟へと足を向けてしまった。


「トリコ…!」

「お、おいっ…お前ら!」


ココと負傷した男の非難めいた声がかぶり、トリコはチラリと背後を振り替えると、その横顔に不敵な笑みを浮かべて見せた。





「…中に仲間がいんだろ?助けてきてやるよ」



そして、不穏な言葉も後から付け足して。




「まぁ、まだ生きていたら、の話だが」









右の穴からはヤスデ独特の刺激臭。

左の穴からはわずかな潮の香り。


それに加えてもうひとつ─。









トリコの嗅覚を頼りに洞窟内の別れ道を進む二人の足取りは、特に迷うこともなくスムーズなものだった。

途中、猛毒をもつサソリゴキブリの巣や、真下に伸びた竪穴などに出くわすも、そこはさすがに四天王の名で呼ばれている二人だ、なんなく進む。


そして洞窟の最深部に近づいてきた頃のことだった。

視覚に秀でるココが暗闇の中を先導して行く中、トリコの鼻が洞窟内にあり得てはならない匂いを嗅ぎあてた。


(…炎…?いや、これは肉が焼け焦げた匂い─)


火の気があるはずもない洞内でそんな匂いがすると言うことは、すなわち人為的なもの以外考えようもない。

他の美食屋が糧を得るために起こした火でないことは確かそうだ…もっと広範囲に、強力かつ巨大な火力を使った痕跡を嗅ぎとれる。


「トリコ…」

前を行くココが呻く。

「これは…どういうことだ?」




そんなことはこちらが聞きたい。



常にひんやりと湿った空気をまとうはずの洞窟内が、ここだけやたらと温度が高い。

むせ返るような焦げ臭さも相まって、トリコの米神を一筋の汗が伝った。


二人が立ち尽くす周囲に、奇妙な物体が散乱している─。


「デビル大蛇…か?」

かろうじて、元は巨大な体躯を誇る爬虫類の胴体部だったのだろうと推察できるほどの、ひとかかえほどの肉片があちらこちらに見えた。


異様な光景にしばし立ち尽くす二人だったが、暗闇を昼日中のように見通すココがトリコより先に“それ”に気付いて飛び出した。

「…人だ!」

短く叫ぶその声にトリコが目をこらす。

撒き散らされた肉片の合間に、かなり黒く汚れた人間らしき塊が倒れ付しているのが見えた。

先に走りよったココが、屈んで覗きこんでいる。

トリコもすぐに大股で近づく。


「…生きてるのか?」

囁くように尋ねたのは他でもない、周囲に蔓延した肉の焦げた匂いのせいで、鼻が利かなくなっていたからだ。


闇にすかして目をこらした限りでは、とても生ある者には見えない。


「…生きてるよ、ひどい有り様だけど…命に別状はないようだ」


真っ黒に煤で汚れた様は、どこに目鼻がついているかも判別つかない有り様だが、よくよく注意して見るとかすかに息をしている気配を感じる。


「…とりあえず、涼しい場所に運ぼう。
なにが起きたか定かではないが、ここは熱すぎる」

ココの提案に頷いて見せると、トリコはその煤だらけの小さな体を躊躇なく抱えあげた。

ひどく体が熱い。

火傷も負っているようだ。


抱えあげられてもぐったりと反応せず、呻き声ひとつあげない様に
本当に命に別状ないのか?
と一瞬疑念がわいたほどだ。


だが、電磁波すらも視界に捕らえるココがそう言うのなら、さほどの心配はないに違いない。



焦げた匂いしかしない上、見た目は完全に人の丸焼き。
真っ黒な人間形を為した塊だ。

体格から、辛うじて少年
─もしくは背の低い、とにかく男─
だとわかる程度だ。

それほどの状態でも、トリコはすでに腕の中に抱えたその人物が誰かを確信していた。






─畜生っ!小松っ!こまつーっ!─






洞穴外で、吠えるかのような叫び声を上げていた男を思い出す。
確か、ゾンビ…いや、サンゲリアと言っただろうか?


奴が、我を忘れたように叫び通していたその名前。

トリコが乗ってきた列車内で出会った、“不快なブレンド臭”を放つ淫売コック。


両者がイコールで結ばれ、黒く煤にまみれた姿で今トリコの腕に収まっている─。

ぼんやりとした明かりを背に、早くしろ、と合図を送るココをトリコは追う。

どうやら洞窟の砂浜は目と鼻の先らしい。


後に残してきた、伝説の魔獣の無惨な脱け殻を思い、トリコは腕に力をこめると、ニヤリと一笑、呟いた。


「ちっとばかり火加減を間違えたかい?小松シェフ」



もちろん、腕の中の彼から答えはなかったが。




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