そんな柄でもないのに
胸に花なんか差して行ったのは
君を祝う為だった。

けれど
僕の知らない誰かに
僕の知りようもない顔をして
笑いかける君を見たその時、
この胸のバラは
確かに姿を変えていたんだ。



それは赤く燃えるサラマンダーの舌だ。


嫉妬という名をもつ
醜い炎の蜥蜴だ。





ぼくはおどる
ぼくはおどる








小松がまたひとつ、伝説のレシピを作り上げた。

祝いの席を兼ねて
是非レシピを味わって欲しいと乞われ、人嫌いの毛があるココだったが、小松の為ならと顔を出すことにした。

それじゃなくても、出会ってからそう顔を合わせる機会のない彼に会うきっかけは、
伝説のレシピを差し引いても逃したくない。


いつだったか
正装した自分を見た小松が
目を輝かせてしきりに誉めてくれたのを思い出して
慣れないスーツに、胸に薔薇まであしらって出かけた。


まるで自分が恋する乙女にでもなったようで、苦笑いが止まらなかった。



彼の優しげな手が、彼女の髪から滑り落ちた銀に輝く髪飾りを、恭しく拾い
背伸びをして、元のように髪に差してやっている。


緊張しているのか、両者ともぎこちない仕草が、逆に初々しい恋人同士の情景を演出しているようで、微笑ましい。


彼の手が自分の頭に届くように
軽く屈む姿勢をとっていた彼女が
はにかむような笑みを薔薇色の頬に浮かべたところで
ココはやっとその二人から目をそらすことを果たした。



彼女は、つい先頃
彼と将来の約束を果たした娘だと聞いた。

元は男のように振る舞っていたと言うが、どうしてどうして。

スラリとした長身に、控えめなデザインのドレスがよく似合う。

頬の十字傷とて、彼女の美しさを引き立てる一要素でしかない。

それは外見の美しさだけではない。

愛し愛されている自信が、彼女を内面から輝かせていた。

隣に立つ、小さな彼と、同じように。












お前知らなかったのか?

とは、腐れ縁の知古から問われた言葉だ。

いくら僕の目がいいからと言っても何から何まで見通すわけではないのだ、と淡々と返しておくにとどめたが、
相手はそれを聞くと、

「ああ、占い師ってのは自分の恋は占えないんだもんな、確か」


と、からかいなのか本気なのか
いまいち判別つかない声でつぶやいた。そしてココは結局、
恋なんてことはないよ
とは、言えなかった。









伝説のレシピの公開パーティーは、
実のところ小松の婚約発表パーティーだったのではないか?
と訝るほど、恋人との親密さを見せつけてくれた小松だったが
人ごみにまぎれてパーティー会場からそっと立ち去ろうとしていたココに気づくと
すぐに呼び止めにやってきた。


「ココさん!もうお帰りになるんですか?」

言外にもう少しいてほしい、とひき止められて
ココは口端に上る笑みを押さえることができない。


何故か
胸に差した薔薇に
ひどく意識がいった。


「…うん、ちょっと人に酔っちゃってね。
今日は楽しかったよ。ありがとう、小松くん」


如才ない笑顔で辞去の言葉に持っていく。

もうこれ以上、一秒たりとも
彼と彼女の恋の舞台を
間抜けに見上げるクラウンでなどいたくなかった。


「そんな…こちらこそわざわざ足を運んで下さってありがとうございました!」

大きな小松の目が、好意的にキラキラと見開かれ、
ココの胸の赤薔薇をじっと捉えていた。
小松の唇がなにかを言おうと開きかける。






いけない。


言わないでほしい。





次の瞬間
ココは咄嗟に上げた左手の指先で
小松の口をそっと塞いでいた。


考えるより先に体が動いて
自分でも動揺が走ったが
小松のそれには及ぶまい。


目を白黒させている小松が正気に帰る前に
ココは胸に咲いた薔薇を抜き取ると
小松の胸に差し替えてやった。


無言のまま、疑問符を浮かべる小松に小さく「おめでとう」と笑ってやってから、ココはその場を後にした。


ありがとうございます、ココすぁぁ〜ん!!!



雰囲気ぶち壊しだな…
背中にかかる大声に
苦笑いが込み上げたー。












あの薔薇は僕の嫉妬、サラマンダーの炎。

醜い炎を毒に化し、やがて蜥蜴の形を為す恋心。


そんなもの、殺してしまおうと足掻く僕を
嘲笑うかのように君の声がそれを育てる。


そんなことはどうかやめてくれないか?



どうか、殺して。












僕の正気が
炎の舌で焼け堕ちる
その前に。






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