『ドール』の名が出た瞬間に、商談は決まった。
口角に泡を飛ばす勢いで、有り金全て出すから今すぐ売れ!と、食いついたゾンゲだっだが、軽くいなされた。
商品は、近場の宿に待機させてある。
まずは実物をご覧になっては如何です?
まあ、もちろん前金を頂かないことには、お見せできませんが―。
そう言って笑う商人の口元は、まるで三日月のようだった。
「ゾンゲ様〜!やめましょうよ〜!」
「ゾンゲ様〜!詐欺に決まってますって〜!」
「やかましい!あの『ドール』が手に入るって聞いて、引っ込めるか!」
やいやいと騒ぎ立てる取り巻きを引き連れて、宿というよりは、小さなシティホテルと言った赴きの建物にたどり着いたゾンゲだったが、入り口の自動ドアは施錠されて開かない。
だが、ガラスごしに立て札が置かれているのが見えた。
『本日の営業は終了致しました。
またのご来店をお待ちしております』
「スーパーかっ!?」
宿泊施設にあるまじき対応に憤慨してツッコむゾンゲ様を、しー!静かにー!と宥める親衛隊ズ。
薄暗いホテルの入り口でヒソヒソ揉める三人組だったが
「どうかされましたか?」
「「「どわああぁっ!!?」」」
建物の裏手から唐突に顔を出した人影に声をかけられ、一同揃って大声を上げて飛び上がったのだった。
「なんだか驚かせちゃったみたいですいません」
ホテルの裏側から現れ、ゾンゲらに声をかけてきたのは人の良さそうな青年だった。
小さな背丈にコック服であろう、白い衣服を身につけている。
胸につけたプレートの『小松』と言うのが彼の名だろう。
小松は、ゾンゲらが商談の為にやってきた旨を聞き及ぶと、こぼれ落ちるんじゃないかと思うような大きな目でぱちくりと瞬き、
それから笑顔で元気よく案内を買って出たのだった。
「いや、別に俺は幽霊が出たとかそんなんで驚いたわけじゃねぇからな。
ってか驚いてねぇし。
ただの景気づけだし!」
何故か何かをごまかすような早口で、ベラベラまくし立てるゾンゲの後を、取り巻き二人が一列になってついていく。
くすんだ色のカーペットを踏みながら、狭い廊下を先導するのは小松だ。
廊下には均等に客室の扉が並んでいた。
「へぇ、そうなんですか〜?
あ、他のお客様方がお休みになってらっしゃるんで、もう少しお静かにお願いしますね〜」
「お、おう」
あっさりとたしなめられるゾンゲがおかしくて、最後尾の二人が目顔で笑いあっている。
やがて小松は小さなホール脇の部屋の前で足を止めた。
部屋番号は『204』
「不吉だなっ!?」
「…お静かに」
「お、おう」
思わず突っ込むゾンゲ、あっさり返す小松、肩を震わせる取り巻きーズ。
見上げるような視線でゾンゲらを一巡り眺めてから、小松はにこりと笑い
「どうぞ」
と、ゾンゲを促した。