/接吻


静かに硯に筆が置かれる音を耳にした時、丁度幸村の目線の先は小さく開いた襖の奥の景色だった。
青空は雲に包まれ、雨がしとどに降り続ける。実の所雨が苦手な幸村は憂鬱気に狭間の風景を見つめた後、机に向かっている部屋の主の方へと頭を巡らした。

幸村は目にするのも嫌気がさしたのか分からない。腰を上げると、僅かに開いていた襖を完全に閉めた。それと同時に、雨の音も遠ざかった。


「雨が煩わしいか」
低く無機質な声ではあるが、何処か誠実さを秘めた主の声に、幸村は再び向き直る。

「……」
幸村は答えに迷ったが、相手の二言目に少しばかり目を見張る。
「私も余り好きではない」
「え?」

筆に添えたままのしなやかな手が膝の上へと移る。視線が丁度ぶつかり合う形になり、幸村は少しばかり恥ずかしく思った。
「雨が降ると……その晩、嫌な夢を見てしまう」
「ゆめを?」
「過去の夢だ」
三成はそう言って目を閉じる。
その意味を理解した幸村は、静かに三成の側へと寄る。
「三成殿、」
「奴を討った所で、喪ったものは戻りはせぬ。私は一生この夢に苛まれ続けるのだと、そう思っていた」


三成の指が幸村の頬に触れ、一つ撫でた後、今度は掌で存在を確かめるように撫でる。幸村は一瞬驚くが、少しばかり笑んで彼を受け入れる。

「お前と出会いこうして共に過ごしていたら、夢をみる数が減った気がする」
「………」
「互いに戦の中でしか生きられぬ身であるというのに……」
今という穏やかな時間を過ごしているのが、信じられない。そう彼は言った。

「きっと、今を大事にして下さっているからでしょう」
幸村は彼の胸元に人差し指を当てた。
「負った傷は元には戻りませぬ。それでも某は、貴殿の心を少しでも癒したい」
「………」
「貴殿を守りたい。少しでも笑って欲しい。だから、お側に居させて下され」




「…参った」
「?」
「どう形容すればいいのか、分からん……」
額に手を当て俯く三成に、幸村の頭に疑問符が浮かぶ。

「三成殿?、あっ」
幸村の目が三成の大きな手で遮られ、視界は暗転する。


幸村は唇に違和感を感じた。
それが何であるかは、この後に分かる事だった。






/斬滅天使☆みつなりちゃんのパーフェクト質疑応答
フューチャリング大谷


…あれが武田の将…まだ若い娘御ではないか…
…信玄公も何を考えておるのやら…


大阪城にて客将として迎え入れられたは、武田の若き大将だった。
奇妙な事に客将でありながら、幸村は後ろ手に紐できつく縛られていた。荒縄ではない所が、ある程度の敬意を払っての事だと伺い知れる。その状態でも幸村は平然とした様子で背筋をぴんと伸ばし、豊臣の大将である石田三成が現れるのを待っていた。

先に姿を見せたのは、石田三成の補佐役である大谷吉継。
正面に座している幸村へと進み寄り、こう言った。

「辛い思いをさせるが、凶王は疑り深い男故。
下手な物言いは避けるが吉よ。さもなくば」
主の首が飛ぶことになるぞ、と告げると、愉快げに笑った。
幸村は一旦唾を嚥下させるが、それでも表情は崩さなかった。



* * *



「武田が総大将、真田幸村に御座る」
「…表を上げろ」
改めて三成の姿を目にした幸村は、その瞳の奥にある悲哀を垣間見たような気がした。


「単刀直入に聞く。
真田幸村、貴様は徳川家康と深い繋がりを持っていたそうだが…」
「確かに、徳川殿とは同じ師を持つ間柄ではございました。しかしこれまでの戦に、徳川殿と手を結ぶような事は一切致してはおりませぬ」
「偽りはないな」
「左様。某は東の将である独眼竜を討ち取らんが為、豊臣の傘下に入りたく参じた次第」

「それに」と幸村は続ける。
「同じ師を持ったとは云え、抱く思いが相容れる事は永劫に御座らん」
偽りかどうかは、彼女の顔を見ればすぐに分かる事だった。
三成は内心驚いていた。多くの将が家康に関心を抱く中で、ここまですっぱりと否定できる人間が居たとは思っていなかった。
彼は片手に提げていた刀を引き抜き、周囲はややざわめき始める。次はどうするのかと思いきや、両手を縛っていた紐がぶちりと音を立て解かれた。



「同盟の申し入れを許可する。あとは貴様の好きにしろ」
「感謝…致す」
ようやく自由になった手を前に置き、幸村は深々と頭を下げた。




三成が謁見の間を去った後、「そういえば」と大谷が口を開く。
「武田の将よ、主は年は幾つになる?」
「十七、にございまする」
「左様か、妙な縁もあるものだ」


「?」
「気にするな。主も晴れて豊臣の一員、懸命に働くが良い」
言葉の真意が気になりはしたものの、幸村は慮るような大谷の態度に感謝しつつ、頷いた。








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